3−21
クララは水の国の王女だった。
生まれつき高い魔力の制御を学ぶため、太陽神を祀る大神殿に預けられていたと言う時の神。
だから、月の神に目をつけられたのか?
俺の疑問に答えるように、時の神が口を開く。
「水の国の人間じゃから、元は水の魔力が高かった。じゃが、大神殿で過ごす内、あれは己の魔力を最大まで高め、すべての魔法を扱えるようになった」
昔を懐かしむような時の神の様子に、首を傾げる。まるで、旧知の仲のような……。
「あの頃はまだ、太陽神さまと月の神の仲違いは決定的ではなかった。いや、仲違いと言おうか、月の神が一方的に敵視しておっただけじゃが……。光の御子を見に、儂も時折、大神殿を訪れた」
光の御子と、水の国の王女であったクララ、か。
そこで、ともに過ごしていたのだろうか。
「儂が通っておることに気づかれたあの方が、ある時ついて来たいと仰せになった。不安もあったが、好奇心に瞳を煌めかせておったあの方が可愛くてのう」
会話の端々に、月の神への想いを入れるのはやめてくれ……。
痛みそうな頭を押さえ、話の続きを聞く。
「月の神は、光の御子を見たなら帰ると仰せであった。まぁ、姉神の神託を受ける者を見たがったのは理解できる」
一口、茶を飲む。かさついた唇を舐め、時の神は言葉を続ける。
「光の御子を見る前に、あの王女を見つけた月の神が、それはそれは楽しそうに、笑ったのじゃ。あれは、面白い玩具を見つけた、という顔であった」
マズいな、怒りを抑えられるだろうか。
遠目に一瞬見ただけの、月の神の嗤う顔が脳裏に浮かぶ。
「そして、儂に仰せになった。あの子、僕のモノにしたい、と」
はあっ、と息を吐き出し、時の神は俺の目を見つめてきた。
握った拳が震えているのが自分でもわかる。
今ここに月の神がいたなら、殴りかかりそうだ。
人はすべて、己の玩具だとでも思っているのか。
俺の内心の怒りが伝わったのか、時の神が眉を下げてみせる。
「儂は迷った。大神殿に預けられておる人の子。魔力が高くとも、神と交わることはできぬ。いや、できぬこともないが、それでは人の子は人でなくなる。月の神の思惑が、今ひとつわからなんだ」
月の神と交わる?
それは……神と人が夫婦になるということか?
クララが、あいつと……?
胸に浮かんだのは、狂おしいほどの嫉妬だった。
彼女の肌に触れるのが、あの男神だと?許せるものか!
唇を強く噛む俺に、横から白い手が伸ばされた。
「カーンさま、血が出ております。唇をお開けくださいませ」
冷静なスズシロの態度がありがたく思える時が来るとは。
頭を振り、差し出された手巾で乱暴に口元を拭う。
話はまだ、終わっていない。
「月の神は、あの子と交わる気などないと仰せになった。ただ、世界を手に入れた後の器にしたい、と」
それが、クララを時果ての魔女にしている原因か。何と、子供じみた我儘だ。
何が神だ。反吐が出そうだ。
目の前の老神が自分の頭をつるりと撫でた。
「世界を手に入れるとはどういうことか、尋ねても笑うばかりで答えてはくださらなかった。じゃが、その頃の儂はもう、あの方に魅了され始めておったからの。王女を閉じ込めるための塔を、北の岬に造り始めた」
俺が彼女と過ごしたあの塔。
時の神が月の神のために造ったのか。




