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時果ての魔女  作者: 紫月 京
1章 囚われの魔女と、異国よりの来訪者

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6/11

1−5 ライカーン


夢のように美しい人だと思った。

極寒の地で、天に届きそうなほど高くそびえる塔の中にいた、細い背中を覆う黒髪を揺らして蒼い瞳を煌めかせる人。

砂漠に侵される我が国の民が、魂を震わせるほど憧れる海の蒼。

白い長袖の上衣を身に纏い、ふんわりと揺れる腰布は彼女の動きに合わせて軽やかに揺れている。寒々しい塔の中、彼女の包み込むような柔らかな空気が、こちらを明るく照らしているようだった。

手を伸ばして、触れてみたいと思った。

だが、そんな不遜なことはできない。

彼女は、この世のすべての知識を有する賢者であり魔女なのだ。

俺の愛する祖国と、そこに暮らす民を守るために、彼女の知恵を借りなければならない。


エグラール大陸の南の端にある炎の国。

乾いた土地はいくつかの砂漠を有してはいたが、この三百年、太陽が昇らなくなってから砂漠は広がり続けている。

明けない夜を過ごす、この世界の住人たち。

昼なお薄暗いこの世界で、それでも俺たちは必死に生きていた。


研究者たちが、昇らない太陽の原因を探っているのは知られている話だった。

だが、俺の国にまでその研究結果は知らされない。

田舎者と蔑まれているのか、単に成果が上がっていないだけなのかはわからん。

このまま、薄闇の中を生きていくのもいいかと思っていた。

幸い、と言っていいのか、炎の国では果物が豊富に採れた。

太陽が昇らずとも、建てられた石造りの温室の中で火を焚き、高い温度を保った我が国の土壌で南の果物は豊かに育つ。

他国との交易で我が国特産の果物を売り、穀物を仕入れる。

そうやって、民の暮らしを紡いでゆけばよかった。

だが、近年国土の砂漠化が進み、人の住める土地がどんどん減り始めた。

明けない夜と関係があるのか、それもわからない。

砂漠の侵食を何とか食い止めようと奔走していた父は、国土を巡る視察の旅の途中で、熱病に倒れ帰らぬ人となった。

喪が明けるのを待って、戴冠の儀を行った。

わずか十八という己の若さに不安はあったが、他に王族がいなかった。


初めての御前会議で宰相が言った。

「伝承にある時果ての魔女なら、砂漠化を食い止める知恵を貸してくれるやもしれませぬ」

「時果ての魔女?それは何だ?」

「大陸最北端の岬に、高い塔が建っているそうです。そこには、この世のあらゆる知識をその身に宿す、時の止まった魔女が棲んでいるとか」

「御伽噺ではないのか?」

魔女など、この世に存在するのか?

確かに大昔には、魔法という不思議な力が生活を豊かにしていたと聞くが。

首をひねる俺に、宰相も自信なさげな声を出す。

「私にも、真偽のほどはわかりかねますが……。北への旅など危険でしかありませんからな。容易に試すとは言えないところです」

豊かに蓄えられた顎髭を撫でながら、宰相がうなる。

立派な髭に目を奪われていると、額を小突かれた。

「王よ、どうされますかな?」

しばらく考え、玉座から立ち上がった。

「俺が行く。この国には、俺より強い者も体力がある者もいないからな。父上が守り抜いてきたこの国を、俺の代で終わらせるわけにはいかん。宰相、留守は任せたぞ」

「いやいやいや、お待ちください、王よ。国主自ら危険な旅に向かうなど、聞いたこともありませんぞ」

泡を食ったような顔がおかしかったが、時の猶予はない。

「決定だ。安全な街道を行くし、万が一俺の身に何かあれば、かねてからの議題にある合議制に変えればよい」

小言が増える前に、さっさと旅支度のために私室へ戻った。


引き止める大臣たちの声を振り切って、馬と馬車を乗り継いでたどり着いた北の果て。

確かに、その塔は建っていた。

そして中には、目を離せなくなるほど美しい人がいたのだった。



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