3−17
黙って姿を消していたスズシロが、扉から入ってくるのが見えた。
隣に、似たような真っ白な容姿の人影を伴っている。
「主よ、お待たせ致しました」
「吾をお呼びと伺いました。いかがされましたか」
「儂は、願いを叶えるために策を練らねばならぬ。人の子の特訓につきやってやるがよい」
時の神に言われ、空洞のような瞳がこちらに向けられた。
「スズナ、と申します」
淡々と告げるその姿は、横に立つスズシロとまったく同じ顔をしていた。
違いは、スズシロが右耳の横で束ねている髪が、左耳の横で一つに束ねられているくらいか。双子だろうか。
「カーンさま、これは吾と同じく、主に仕える精霊のようなもの。主が貴方さまにお力を貸すと決められた今、貴方さまの手足となって働きましょう」
スズシロの言葉に、スズナと名乗った相手を座ったまま見上げる。
やはり、男なのか女なのかわからんな。
いや、そもそも人ではないのだから、性別などという概念がないのか。
「カーンと呼んでくれて構わない」
「では、カーンさま。貴方さまのお身の内から溢れ出ている炎の魔力を、抑えるための訓練を致します」
「はっ?」
「貴方さまの魔力は、大変にお強く、そして煌めいております。どこにいても、貴方さまの存在を感じ取ることができるほどに」
炎の魔力……。
俺は自分の胸に手を当ててみた。わからん。
「お主のその強い生命の輝きが、月の神を弾き返した。儂はその場を見ておらぬが、驚き、怒り、仕置きすると喚くあの方の姿が、たいそう可愛らしかったぞ」
こいつの中には、月の神への愛しさしかないのか。
やはり正気ではないのかもしれん。
「では、スズシロ、スズナ。こやつを頼んだぞ」
そう言い置いて、立ち上がった時の神は時計で埋め尽くされた部屋を出て行った。
スズシロが、こちらへ手を差し出す。
「……?」
「まずは、貴方さまの魔力を測ります。お手を」
触れても平気だろうか。
いきなり魔力や体力を吸われたりはするまいが、これは時の神の配下だからな。油断はできん。
「そう警戒されずとも……」
「ねぇ、スズシロ。この人の子、面白い?」
時の神が姿を消した途端、虚ろだった瞳に光が戻ったような気がするスズナが、ニヤリと笑った。
「……っ」
感情などなさそうだった相手の表情の変化に、戸惑う。
「スズナ、慎みなさい。主が吾らを信頼して授けてくださったお役目ですよ」
「だって、人の子だなんて、見るの初めてだもの。スズシロだって、楽しんでいるのでしょう?」
何故急に、感情豊かに話し始めるんだ。
こちらを混乱させるためか?
首を傾げる俺に、手を差し出したままのスズシロがため息を吐く。
「カーンさま、申し訳ございませぬ。この通り、スズナは主の性質を色濃く継ぎ、面白いものが好きなのでございます」
「スズシロは、堅苦しい。せっかくの人の子だ。楽しまなければ」
スズシロとは反対の手を俺に差し出しながら、スズナが悪戯っぽく笑う。
「さあ、カーンさま。吾らと遊ぼう」
「いや、遊んでいる暇はないのだが……」
「主が月の神さまを独り占めすることを決意なさった。なら、吾らはそれに従うまで」
いや、独り占めって……。
呆れる思いは、しかし言葉にならなかった。




