3−15 クララ
剣の鞘に触れる。
指先が、震えているわ。
見覚えのないはずの、剣。なのに、涙が溢れそうになるのは、何故?
『……クララ』
「っ!?」
何、今の声……?誰……?
『俺は、必ず戻ってくる。ここに、貴方の元へ』
こちらを見つめる橙色。
これは、誰の瞳……?
『俺と一緒に、この塔を出よう』
胸がしめつけられて、苦しい。
いいえ、私に感情なんて……。
『クララ』
眉を下げて、こちらを見つめる橙色。淡い金色の髪。褐色の肌。
寒くなった気がして、腕をさする。
私は、一人なのよ。
この塔で、知識を溜め込んで、魔力を吸い上げられながら、一人で過ごす。
それが、私。
人の世では、時果ての魔女、なんて呼ばれているみたいだけど。
ここには誰もいないのに、さっきから、これは何なの?誰の記憶?
剣を触っていない手で、胸にそっと触れてみた。
どうしてかしら、ドキドキするわ。
パッと剣から手を離す。
これに触れていると、何だか落ち着かない。
私の知らない私が、胸の奥から出てきそう。
ふわり、と誰かが頬に触れたような気がした。
優しく撫でる、温かくて大きな手の感触。
ここに、貴方はいたの……?
私と一緒に、ここで過ごしたの?
貴方は、一体、誰……?
もう一度、剣に手を伸ばしてみる。
これ、炎の国の紋章よね?
下にあった赤い外套の内側にも、刺繍がされていた。
バッと身を翻し、本棚へ駆け寄る。
炎の国の本。
赤……赤い背表紙……あった!
真っ赤な表紙の書物を、手に取る。
震える指を叱咤して、頁をめくった。
『……ライカーン新国王、十八歳。淡い金色の髪と橙色の瞳を持つ、美しい青年……』
「……ライカーン」
声に出してみた。
脳裏に浮かぶ、青年王の姿。
私を真っ直ぐに見つめる、橙色の瞳。
太陽の昇らない世界を憂い、国と民を思ってたった一人でこの北の果てへやって来た、脳筋の王さま。
いえ、脳筋と言ったら怒られるわね。
お茶を淹れるのが上手になった、私の王さま……。
「……あぁ、ライ……思い出せたわ」
太陽を取り戻し、私を塔から解放するために、時の神の住処へと飛ばした、私の王さま。
無事でいるかしら。
貴方が無事でさえいてくれるなら、私はこの塔に、一人きりのままでも構わないわ。
お願い、死なずに戻ってきて。
いえ、ここに戻らなくてもいいわ。
無事に祖国に生きて帰るなら、それでいい。
どうか、どうか……無事でいて……。




