3−11
時の神が、神話の時代を描かれた壁画の前へと俺を促した。
じっと、絵を見つめている。
「……悠久の時を生きる儂らには、人の子の寿命などあっという間じゃな」
ふうと息を吐き、時の神がこちらを向いた。
「これは、儂が唯一この宮に招いた人の子が、宿の礼にと描いてくれたものじゃ」
その言葉に、驚いて壁画を見やる。
人間が、神の住処であるこの時限宮で、この壁画を描いた?
芸術関係はさっぱりの俺の目にも、この絵が素晴らしいものであることは伝わってくる。
「……先ほど、この太陽神が俺の方を見た気がしたが……いや、気のせいだな。絵が、動くはずがない」
「太陽神さまのお姿をよく見てみるといい」
時の神に言われ、黄金色の髪を揺らした姿で槍を構えている太陽神の絵に目を凝らす。
赤い瞳の下あたりに、ほんのわずかだが、傷があるような……。
「見つけたか。それは、月の神がつけた傷じゃ」
月の神が?ただの絵ですら、太陽神のことを憎んでいるのか?
「まだこの世界が、昼と夜に分かれていた頃、儂の元にこの壁画があることをどこかから聞きつけたあの方が、絵を見たいと仰せになった」
いつの間にか運ばれてきていた椅子に腰を下ろし、時の神が話を続ける。
「いつもの我儘と思って引き受けた。あの方を甘やかすのは面白かったのでのう」
「面白い?」
思わず尖った声が出た。
「そう目くじら立てるものではないぞ。ここで、儂の昔話を聞いておけば、お主の役に立つやもしれん」
「……」
わかっている。
太陽の昇らない世界。
塔に囚われた時果ての魔女。
誑し込まれて正気を失っているようには見えない時の神。
絡まった謎を解く手がかりは、この老神が握っている。
だが、ここで呑気に対話などしている場合なのだろうか。
この神を脅してでも、月の神の元へ案内させて、太陽を取り戻すべきなんじゃないのか。
答えの出ない自問を、頭の中でぐるぐると繰り返す。
俺の葛藤を見てとったのか、時の神が顎髭をのんびりと撫でた。
「お主の焦りもわかっておる。じゃが、まあ、付き合ってもらおうかの。……お主、囚われの魔女を救いたいのじゃろう?」
「!!」
「顔に書いてあるぞ。あの魔女を救いたいお主からすれば、確かに儂らはお主の敵に見えるであろうの」
ため息を漏らし、スズシロが給仕した茶に口をつける時の神。
「それが儂の犯した罪ならば、贖わねばならぬ。あの魔女を、解放したいと言うのなら、力を貸そう。人の世に、太陽を取り戻したいのならば、それもよい。命を賭けて神の庭にまで足を踏み入れたお主に敬意を表して、手助けしてやろう」
どこまで信じていいのかわからなかった。
だが、腹芸のできん俺には、時の神が嘘をついているようには見えなかった。




