3−10 クララ
ゆっくりと、螺旋階段を上る。
見覚えのない外套には、内側に生地よりも深い赤い絹糸で見事な刺繍が施されていた。よく目を凝らせば見えるように、模様の周りは白い絹糸で縁取りがされていた。
あれは、炎の国の紋章?
最上階の本棚に、確か炎の国のことを書いた書物があったはず。
魔力が戻らないのが苛々するわ。書物を呼ぶこともできない。最上階まで一気に飛ぶこともできない。
一段、一段、階段を上る。
時の神が私の魔力を吸い取りに来るたびに、私は私の存在を思い出す。
そして、少しずつ、忘れていく。
何故ここにいるのか。
時の神の来訪まで、私は私を忘れて無為に過ごす。
その繰り返し。
でも、今回は何かが違うみたい。
目覚めた時にできていた、頬や腕の切り傷。
窓辺の上着掛けにあった、赤い外套。
時の神は、私の肉体を傷つけたりはしないはず。
貢ぎ物を溜めるための器だもの。
傷をつけるとしたら、月の神。
では、あの性悪の神が一緒に来ていたということ?何故……。
月の神は、私を甚振るのが趣味みたいな陰険な神だから、たまに影を飛ばしてきては、私の肉体を傷つけようとする。心も体も傷つけて、私が反抗できないようにしている。
それを私は覚えていられない。
そういう魔法をかけられているのか、この肉体の限界が近いのか、それはわからない。
胸に手を当ててみる。
何だか、あたたかいわ。
私の心臓を奪ったあの神は、意地悪く嗤っていたのに。
『君の心臓は、僕が預かるからね。だから、その身に心も温度もない。逆らおうなんて、思わないことだよ』
忌々しい声が脳裏に蘇った。
舌打ちしそうになって、慌てて堪える。
そんなところを聞かれたら、嫌われちゃうわ。
……誰に?
おかしい。私の中に、自分じゃない誰かの心があるみたい。
でも、このあたたかさの理由ならば、見つけたいわ。
ようやく階段を上り終え、最上階から窓の外を眺める。
いつもと変わらない、極寒の雪景色。
狩りに行くなら、あの黒い外套を貸してあげないと。
……えっ?
まただわ。誰のことを考えているの?
狩りって、何。
頭を振って部屋の中に戻した私の視線の先に、赤い炎の装飾が施された鞘に収まった、立派な剣が飾られていた。




