3−8
いつもの癖で剣を抜こうとし、腰を空振りする自分の手に我に返った。
そうだ、炎の国の王である証の剣は、クララに預けて来たのだった……。
「まあそう、毛を逆立てるでない。儂は敵ではないと言うておろうに」
呆れたような声を出しながら、老神が部屋に入ってきた。
つるりと光る頭を撫で、背後にスズシロを従えている。
「……」
「それは、人の世にも語り継がれておる戦いを描いたもの。以前この宮に招いた絵師に、特別に描いてもらったものじゃ」
さらに部屋の入口である真鍮の扉から、白い小人の精霊たちが卓と椅子を運んできている。
何だ?また茶でも出されるのか?
「よっこらせ」
わざとらしく老人のような声を出して、時の神が運ばれてきた椅子に腰を下ろす。
「さて、儂の仕事も一段落したのでな。お主の話相手でもしてやろうかと思ってのう」
卓の上にスズシロが茶器を下ろす。
「カーンさま、こちらへどうぞ」
「ほ、お主の名はカーンというのか?儂もそう呼ぶか?」
名を偽ったところで、相手は神だからな。どうせすぐに知れる。
諦めて息を吐き、時の神の向かいに座った。相手の調子に乗せられないようにだけ、注意せねば。
差し出された茶の香りを嗅いでみる。
毒は入っていないように感じるが、無味無臭の毒物もあるからな。
どうするべきか。
「儂を警戒するのは仕方がないのう。じゃが、毒は入っておらんよ。人の子を処すのに、そんな無粋なものは不要じゃ」
そう言って、のんびりと茶器を口に運ぶ老神は、やはり食えない相手のようだ。
息を詰めて、ぐっと一息に茶を飲み干す。
ふわり、と花の香りが口内に広がった。これは、百合か?
「豪胆なことじゃな。それで、カーンよ。儂の名も知りたいか?」
「いや、結構だ。時の神と呼ぶ」
「うーむ。つまらぬのぉ……」
地につく真っ白な顎髭を撫で、老神が心底面白くなさそうな顔をする。
いや、俺はここへ、談笑しに来たわけではないからな。
「何故、俺を茶に誘う?」
始めから気になっていたことを尋ねた。
回りくどい言い方など、俺にはできない。どうせ、答える気がなければはぐらかされるだけだ。
俺の態度が面白かったのか、老神が小さく笑いを漏らした。
「あの魔女が、命の危険を冒してまでここに送り込んだ人の子に、興味があってのう。あの方を弾き返した光というのも、お主じゃろう?」
首をひねる。何の話だ?
「ふむ。自覚はなし、か。あの方は大層お怒りであった。何者か探れと、しつこく儂に言い募っておられたのう」
「その、あの方というのは、月の神のことか?」
「……そうじゃな」
時の神の視線が鋭くなる。
直前まで見せていた好々爺といった風情を、一瞬で消し去るこの老神は、やはり油断してはならない相手なのだろうな。
「儂の罪は、あの方の我儘を聞いて差し上げたことじゃからのう。お主が魔女の手を借りて、ここまでやって来たからには、そろそろ儂も、目を背けていてはならんじゃろうよ……」
どこか遠くを見つめるような瞳をして、時の神は小さく呟いた。




