3−2
存在に気づかれているのなら、隠れている意味はない。
油断なく身構えながら、俺は柱の陰から出た。
時の神が、こちらを見て目を丸くしている。
何だ?何に驚いているんだ?
「これはこれは……。歓迎した方がいいのかのぉ?生身で、この時限宮までその肉体を壊さずにたどり着くなど」
また顎髭を撫でている。癖なのだろうか。
「まぁ、茶でも用意させよう。せっかくのお客人じゃ」
月の神がいた時と同じような穏やかな声に、首を傾げる。
何だこの違和感は。
何もない空間から、どこからともなく卓と椅子が運ばれてきた。
目を凝らしてみると、白っぽい人型の塊が、忙しなく歩き回っている。
その手で、湯気をたてる茶器が、卓の上に置かれる。
「ほれ、茶が入ったぞ。こちらへ……そう警戒せずとも、何もせぬ」
「……」
それを信じると思うのか、この神は。
「お主、魔女が送り込んできたのじゃろ?あれは己の運命を諦めて受け入れているように見えて、強かな女じゃからな。その魔女が見込んでこちらへ飛ばしてきたお主を、見くびるつもりはないぞ」
クララへの信頼が滲むようなその言葉に、ますます違和感が酷くなる。
月の神に誑し込まれて、正気ではないのではなかったのか。
いつでも魔法で攻撃できるように魔力を高めながら、示された椅子に慎重に腰を下ろす。
「ほっほ。毛を逆立てた猫のようじゃな。昔のあの方を見ておるようじゃ」
あの方……?誰のことだ?
「これは、神へ捧げられた、特別な茶。滅多に口にできるものではないぞ。記念に飲んでみてはどうかな?」
「……」
答えない俺を無視し、老神は椅子に座してゆっくりと茶器を口に運んだ。
どうするべきか。
正気を失っているようには見えないぞ。
いや、待て。そう装っているだけかもしれん。
油断するな。こいつは、クララから吸い上げた魔力を月の神に貢ぐ奴だ。
頭の中で考えがぐるぐると回っている。
想像していた様子とあまりに違いすぎて、混乱してくる。
茶を飲み干し、ふうと息を吐いた時の神は、じっとこちらを見つめてきた。
黄色というより、黄金色の瞳だな。見つめていると、どこか深い場所へ連れて行かれそうだ。
「その容姿は、南国の人間じゃな。炎の国の王族か?」
「!!」
「うーむ。やはりあの方の姿を見たことで、警戒しておるか。儂は、見た目ほど怖くはないんじゃぞ?」
小首を傾げるその様は、好々爺といった風情で、気持ちが緩みそうになる。
ダメだ、しっかりしろ、俺。
「魔女にどのような話を聞かされてきたのかはわからぬが、儂はお主の敵ではないぞ」
「何を……っ」
くそっ、声を出してしまった。
こいつらに彼女の話をされると、無性に腹が立つ。
「運命を諦めていた魔女が、とうとう行動を起こした。お主という生身の人間を、神の住処に送り込むなどという危険を冒した。儂には、喜ばしいこと」
喜ばしい?月の神の支配を終わらせ、太陽神を復活させようとしていることが?
時の神の言うことが、理解できなかった。




