3−1
うっすらと目を開いた時、自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。
ハッとして起き上がる。
金の装飾がされた荘厳な柱の建つ、静かな空間。
そうだ、風魔法を……。
彼女に忠告されたことを思い出し、自分の体に風の障壁を纏う。
ここが、時の神の住処、か……?
俺が倒れていたのは、大きな柱の陰だったらしく、身を隠すにはちょうどよかった。
慎重に、柱の陰から辺りを窺いながら、体の調子を確かめる。
拳を握ってみる。動く。
足を動かしてみた。これも、大丈夫そうだ。
あらためて、クララの魔法に感嘆していると、どこかから話し声が聞こえてきた。
「……!」
声を出さないように、口を拳で覆って、柱の向こうに神経を集中させる。
「どうして、あのまま帰ってきたのさっ!連れ込んだ男を隠したって、言っただろっ!」
癇癪を起こした子供のような声は、確かにあの塔で聞いた甲高いものだった。
彼女を怯えさせ、彼女の肌に傷をつけた、月の神か。
ふつふつと湧く怒りを抑え、気づかれないように気配を殺す。
「月の神よ、落ち着かれよ。あの人形が男を連れ込もうがどうしようが、あの塔からは出られませぬよ。些細なことではありませぬか」
「あいつがっ、僕の思いどおりにいかないのがっ、腹が立つの!」
親指の爪を噛む、月の神の姿が目に入った。
夜空のような濃紺の髪を背中まで伸ばしている。瞳は、淡い銀色だろうか。
白い肌が透けるような薄い紗の貫頭衣を身に纏い、腰を細い紐で締めている。
俺とさして変わらない年に見えるが、相手は神だからな。
見た目どおりの年齢ではあるまい。
一方の時の神は、地面まで伸ばした真っ白な顎髭を手で撫でながら、月の神を宥めている。
随分小柄な老人の容姿をしている。
髪は薄く、つるりとした頭が天から注ぐ月明かりを受けて光っていた。
月の神と同じような白い紗の貫頭衣をゆったりと纏い、太い黒帯で腰元を締めている。
祖父と孫を見ているような気分になるな。
「大体ね、あれは僕のためのモノなんだから、僕の知らないことがあっちゃいけないんだよ」
「そうは仰せられましてもなぁ。常にあの塔を見ているわけには参りますまい?絶対神たる貴方さまは、世界の維持にご多忙であられましょう?」
「そりゃあ、そうだけど……」
誑し込まれた神には見えないが、力関係は月の神の方が上なのだろうか。
主を諌めるための忠臣は、確かに俺にもいる。そういう関係か?
「とにかく、此度の魔力はお渡しいたしましたぞ。いかがでしたかな?」
老神の問いかけに、不承不承といった表情で月の神は頷いた。
「今回も、美味しかった。それは認める」
「ほっほっほ。それはようございましたな」
「次に僕に隠れて男なんて連れ込んだら、容赦しない」
爪を噛む子供のような仕草の月の神が、不穏な言葉を語る。
容赦などしないのはこちらの方だ。
いくら神といえど、俺の愛する女を、物扱いとは。
唇を噛んでいると、のんびりとした時の神の声が聞こえてきた。
「さぁ、そろそろお時間ですぞ。住処に戻られませ」
「……ねぇ、僕に黙って、何か企んだりしてないよね?」
「おや、お疑いとは心外ですな。儂は貴方さまのために、これほど尽くしておりますのに」
「それなら、いい……。またね」
肩を落として月の神の姿が溶けるように消えた。
ほおっと小さく息を吐いていると、先ほどまでとは別人のような鋭い声が響いた。
「それで、いつまでそこに隠れておるつもりかのう」
「!!」
柱の向こうから、老神の黄色い瞳がこちらを見ていた。




