閑1 神話の時代
遥かな時代。
この世に神が溢れ、あらゆる生き物を創り出し、大陸に国を生み出そうとしていた、その頃。
一柱の神が、不満げに歩いていた。
視線の先には、明るく輝く黄金の煌めき。
常に優しく、常に穏やかに、周囲を明るく照らす太陽神。
神々も、動物たちも、皆太陽神の周りに集まる。
太陽神の周囲には、笑顔が満ちている。
自分の周りには、何もいない。誰も来ない。
舌打ちして、来た道を引き返そうとしたところへ、声を掛けられた。
「どちらへ?月の神よ」
聞き覚えのある嗄れた声に振り返る。
「時の神?何の用?」
「ほっほっほ。そのようにぶすくれた顔をして、どうなされた?」
「別に」
老いた男神の形をとる、時を司る神。
こいつが仲裁なんてしなければ、この世の半分なんかじゃなく、すべて僕のものだったのに。
心の声が、表情に出たようだ。
「ふむ、何やらご不満がありそうじゃ」
地につくほど長く伸ばした真っ白な顎髭を撫でながら、時の神がにやにやと笑う。
いや、髭のせいで口元はよく見えないのだが。
ぷいっ、と顔を背けて、月の神は歩き出した。
その後を、のんびりと時の神がついて来る。
「……ちょっと、どうしてついて来るのさ」
「貴方さまについて行けば、面白いことがありそうでしてな」
「はあっ?」
ますます苛立つ月の神。
だが、時の神は気にした様子もなく好々爺然とした態度を崩さない。
「儂の仲裁は、月の神のお気に召さなかったもよう。ならば、貴方さまはどうすれば、満足してくださるかと思いましてな」
老神の言葉に、月の神は眦を上げた。
「満足?僕が?世界を二分されている限り、満足などするはずがない」
「それはまた、欲深いことで」
「君だって、本当はあいつにすべての時間を捧げたかったんじゃないの?太陽神のこと、崇拝してただろ?」
憤然と歩き始めながら、時の神の様子を窺う。
目を丸くしてみせながら、それでも余裕の笑みを浮かべたままの時の神に、殺意が湧いてきた。
「手厳しいことじゃ。太陽神さまのことは、確かに尊敬申し上げておるが、弟神である貴方さまのことも、儂は敬っておりますよ」
「どうだか」
吐き捨てるように答えた後、月の神は考え直す。
いや、待てよ。
こいつを誘惑して、僕の味方につけてしまえばいいんじゃないの?
そうすれば、世界の全部は、僕のものに……。
にんまりと笑い、ついて来る時の神に、優しい声を掛けた。
「ねぇ、そんなに僕について来たいなら、僕を君の住処へ連れて行ってよ」
時限宮には、以前から興味があった。
何者をも入れることのないその住処で、こいつを僕の下僕にしてやるんだ。
仄暗い欲望を胸に秘め、月の神は見る者を魅了するような笑顔を浮かべていた。




