2−20 ライカーン
俺の体をかき抱く、震える細い腕。
深い海の蒼は、神への恐怖で揺らめいている。
彼女の魔力が、俺を包むのを感じる。
そんなに怖いのに、俺のために、力を尽くしてくれている。
必死な彼女の、夢のような美しさに、愛しさが溢れてくる。
もう、自分の気持ちを誤魔化せそうにない。
あぁ……認めよう。
俺は、クララを愛している。
だから、彼女から目が離せない。
ずっと傍で、彼女の笑顔を見ていたい。守りたい。
死地に赴く覚悟を決めるために、思わずあんなことを口走ってしまった。
『俺と一緒に、この塔を出よう』
たった一人で、この塔で何百年も過ごしているという、美しく無邪気な魔女。
世俗から離れているせいか、危なっかしくて仕方ない。
男女のことなど、物語の知識でしか知らなさそうだ。
平気で俺に触れる。俺の名を呼ぶ。
父が亡くなってから、俺を名前で呼んでくれる者など誰もいなかった。
王とは孤独なものだと、父の口癖だった。
その無聊を慰めるために、父は多くの妾妃を抱えていたが、俺には理解できなかった。
後宮で人知れず泣く女たちを、大勢見てきたせいかもしれない。
王妃という肩書になど興味のない、俺自身を見てくれる相手を、ずっと探していたのかもしれない。
そんな都合のいい相手など、どこにもいないだろうともわかっていた。
この旅が終われば、世界に太陽を取り戻すことができれば、国に戻って宰相が選んだどこぞの令嬢と、結婚するだろうことも、わかっていた。
不満など、ないはずだった。
それなのに、彼女に出会ってしまった。
ふわふわと揺れる黒髪、深い海を思わせる蒼い瞳。
俺を、一国の王としてではなく、一人の男として接してくれる。
彼女には何一つ益などないのに、親身に俺の面倒を見てくれた。
魔力を吸われ、塔に閉じ込められ、たった一人で過ごす時果ての魔女。
太陽を再び昇らせたい気持ちに嘘はない。
だが、同じくらい、彼女を解放してやりたい。
今、目の前で、神への恐怖に震えながら俺を魔力で包む、優しくて哀しい女を、明るい世界へ連れ出したい。
こんな、薄暗い塔の中など、彼女には似合わない。
必ず、貴方をここから救い出す。
貴方がくれたこの機会を、無駄にはしない。
だから、ああ……泣かないでくれ。
肉体を縮められ、彼女の手の中にある水晶石へと吸われ始めるのを感じる。
貴方を一人にしてしまうのは切ないが、必ず戻ると誓おう。
正気でない時の神も、厄介な月の神も。
すべて片づけて帰ってくるから。
だから、俺が戻るまで、どうか待っていて。
クララ、愛している。
……神なんて、クソくらえだ。




