2−19
立っていられなくて、その場に膝をついた。
呼吸が荒くなる。目の前が、真っ暗だ。
「クララっ!」
ライカーンの声が遠くなる。
体を支えられているような気がするけれど、感覚がない。
『ふーん。君が、そいつが連れ込んだ男かぁ。思ってたより、子供じゃないか……どうして僕を弾き返せたりしたのかなぁ?』
そう言う自分こそ、子供のような口調で、月の神の影が嗤う。
ライカーンが警戒で全身を強張らせているのがわかる。
ダメよ、月の神には敵わない。
「……ラ、ライ……」
力なく、それでも彼の袖を引くと、ハッとしたようにこちらを見る気配。
「ダメ、よ……まだ、戦っては、ダメ……」
思うように声が出せない。
悔しい。こんなに、無力なんて。
『へぇ、そんなに大事にしてるんだ。じゃあ、僕がもらっていっても、いいよね?ちょうど退屈してたんだ』
いっそ無邪気とすら言える声で、月の神の影から黒い靄が伸びてきた。
真っ直ぐに、ライカーンに向かってくる。
「……っ、ライ!」
動かない体を必死に引きずって、彼の体を両腕で抱きしめた。
「クララ!離せっ、危ない!」
すべての魔力をライカーンに向かって込める。
少しずつ、彼の体が縮んでいく。
もう少し、もう少し……。
背中に、月の神から伸びてきた黒い筋が絡みつく。
これに触れたら、ライカーンが連れて行かれる。
そんなことはさせないわ。
「……ク、ララ……」
あぁ、上手くいきそうだわ。
袖に隠しておいた、魔法陣を描いた水晶石にそっと触れる。
指先が痺れてきたわ。震えないように、圧縮したライカーンの肉体を、押し込めた。
意識が遠くなる。
まだ、ダメよ。気を失っちゃダメ。
『……あれぇ?見えなくなったなぁ……彼の魔力、どこへやったの?』
影だけ飛ばしてきている月の神は、ライカーンの気配を探れなくなって不審そうな声を出している。
歯を食いしばり、上衣の隙間から、水晶石を胸元に隠した。
ライカーンの顔を、はっきりとは見られていないはず。
このまま、時の神が来るまで、隠し通せれば……。
『……ねぇ、どこにやったのか、聞いてるんだけど』
言葉と同時に、風の刃が飛んでくる。
腕に、頬に、背中に、傷ができていく。
胸に抱え込んだままだったライカーンの剣を支えに、上を見上げる。
『……っ、だから、生意気だって……!』
『どうされましたかな、月の神よ』
黒い影の後ろから、嗄れた声が聞こえてきた。
霞む視界に、白っぽい影が見える。
来た。時の神だ。
胸元に隠した水晶石を、再び手の平に握り込む。
『こいつがっ、男を隠したんだっ!』
『……男?はて。この塔に他の気配はありませんが』
『さっきまでいたんだっ。こいつ、男を連れ込んで……!』
『そうだとしても、些細なこと。御身に捧げる魔力は充分、溜まっておるようです』
白い影が近づいてくる。
「……っ」
目の前まで降りてきた影が、少しずつ、人型を取り始めた。
伸ばされた皺だらけの長い指が、私の顎を掴む。
じっと覗き込まれると、体から力が抜けていく。
反対の手に持つ水晶石が、私から魔力を吸い上げ始めた。
壮絶な吐き気と不快感。
目を閉じるのをこらえ、時の神を睨みつける。
魔力を吸い尽くし、搾り取り切ったその一瞬が勝負だわ。今なら、時の神の姿で陰になって、月の神から私の動きは見えない。
意識を保てないほどの眩暈が襲ってきた。
体を支えようとするかのように、時の神の装束の袖にしがみつく。
『……っ、不敬な!』
払い除けられる瞬間、ライカーンを押し込めた水晶石をその袖に忍ばせた。




