2−15 ライカーン
彼女はいつも、俺の心を掻き乱す。
きっと彼女に、そんなつもりはないだろう。それはわかっている。
俺が、勝手に、彼女の一挙一動に心を揺らされているだけだ。
魔法の訓練を順調に熟す。
だが、気持ちは焦る。
来月の終わりという明確な期限がクララどのから示された。
それまでに、攻撃魔法と防御魔法を完璧にしなければならない。
おそらく、神の住処に武器など持ち込めないだろうと。
この肉体一つで、乗り込まなければならない。
だからせめて、魔法で身を守れるようにと、彼女の指導にも熱が入る。
あぁ、またやってしまった……。
体が動かなくなるまで鍛錬しても、一晩休めば回復する。
同じような感覚で、魔力切れまで魔法を放つと、体中が心臓になったかのように、ドクドクと波打つ鼓動が聞こえる。
つい、魔力を限界まで放出してしまう俺にクララどのが思いついたのが、「お仕置き」という戒めだった。
いや、そんな……いいことを思いついたみたいな顔で笑われてもな。
床に両手両足をついた、四つん這いの姿勢になる。
これだけでも、一国の王としては屈辱的な体勢なんだが、そんな俺の背中にふわっと柔らかい感触が乗った。
「……っ!」
「重たくはないかしら?動いちゃダメよ、お仕置きなんだから」
ちょ、ちょっと、クララどの……!
それは反則ではなかろうかっ!!
「しばらく、このまま動かずにいるのよ。私は読書に集中するから、貴方は魔力切れを起こしたことをしっかり反省してなさい」
これは……拷問か?
俺の腰の上で、たまに足を組み替えながら、彼女がくつろいでいる。
いや待て、動かないでくれっ!
静かな空間に、彼女が頁をめくる音と甘い息遣いが聞こえている。
荒くなりそうな呼吸を、必死に抑える。
甘い拷問を何とか耐え切ったと思ったら、俺の背からどこうとした彼女が体勢を崩した。
慌てて支えたが、これはマズい……。
クララどのを床に押し倒した形になってしまった。
下から見上げる、深い蒼。
いやいやいや、待て俺、落ち着け。
彼女にそんな、邪な気持ちなどない……いや、俺にもない!
これは、彼女が頭を打たないように支えただけだっ!
「ライカーン?」
俺を呼ぶ彼女の声が、俺の思考を縛り付ける。
このまま、触れてしまいたい。
ダメだ、彼女は善意で俺をここに置いてくれているんだ。彼女の信頼を裏切るような真似は……。
「ライカーン?」
「すまない」
「えっ?」
理性が焼き切れる前に、俺は彼女の前から退散することにした。
何を口走るかわかったものではない。
そして、この想いを伝えたところで、クララどのには通じないような気もする。
「貴方に、負担はかけたくない。すまなかった」
それだけ言うのがやっとだった。
俺の意気地なしめ……。




