2−14
私を上から見つめていた、橙色を思い出して顔が熱くなった気がする。
心臓の鼓動が聞こえる気がするわ。
いいえ、この肉体に心臓はないはず。
私の心臓は、確か……。
頭がツキリ、と痛んだ。
これはまだ、思い出せないわね。
邪魔されているのかしら。
ゆっくりと、床から体を起こす。
彼は、どうして謝ったのかしら。
無理をさせないために、反省してもらおうとお仕置きをしていたのは私なのに……。
私の体を支えていた、がっしりとした力強い腕。
そう言えば、彼の腕の中にいるのはとても安心したわね。
温度を感じないはずのこの体が、温かいと感じていた。
そっと、自分の胸に手を当ててみる。
これは、私の心なのかしら……。
人間だった頃の、名残り?
どうしよう。あの橙の瞳を思い浮かべると、泣きそうな気分になるわ。
どうして……?
緩く頭を振って立ち上がった。
時間はそれほど残っていないのだから、今は彼を鍛えることに集中しなくちゃ。
私は、時限宮にはついて行けないのよ。
朧気な記憶が、この塔を出るなと告げている。
外に出れば、この肉体はバラバラに砕け散るだろう。
月の神に捧げられる魔力が、体を維持しているなんて、皮肉ね。
あの忌々しい神さまは、今もどこかで、こちらを監視しているかしら。
でも、彼に手は出させない。
国を思い、民を思い、太陽の昇らない世界を憂いてここまで来た、私の王さま。
必ず、時の神について行かせるわ。
……今、何を考えたの?
私の、王さま……?
いいえ、彼は私のモノではないわ。
今度は強く、頭を振った。
階下に降りてみると、ライカーンが椅子に座ってぼんやりしていた。
珍しいわね。いつも、鍛錬や訓練で動き回っているのに。
何を考えているのかしら。
彼に気づかれないように、ゆっくり近づいてみる。
気配を読むのに敏い彼は、すぐに私に気がついた。
残念。驚いた顔が見たかったのに。
「……クララどの」
「私に負担って、どういう意味なの?」
そう、私に負担をかけたくないと、彼は言った。
魔法の訓練のことかしら。でも、私から申し出たことなのに。
「貴方の目的のために、訓練は必要なことなのよ?何も負担なんて、かかっていないわ」
安心してもらいたくて、明るい口調でそう言ってみる。
何も答えてくれない。
「ライカーン?」
「……ライ、と」
「えっ?」
「ライ、と呼んでほしい。……贅沢な望みだろうか」
愛称?そんな心細そうな声で、可愛い望みを口にするのね。
思わず口角が上がってしまう。
「笑わないでくれ」
「いえ、可愛いなと思って」
「!!」
目を逸らす王さまに、頷いた。
耳の先が赤い。自分で言って照れたのかしら。
「では、ライと呼ぶわ。貴方も私のこと、クララでいいのよ」
「そういうわけには……」
「貴方だけ愛称で呼ばせるなんてずるいわよ。私に愛称はないのだから、せめて『どの』は外してちょうだい」
「……クララ」
絞り出すような声で、彼が呟いた。
どうしてかしら。とても嬉しいわ。




