2−13
「……っ、ク、クララ、どの……」
下からうめき声が聞こえるけれど、気にせずに本の頁をめくった。
お仕置きなのよ、甘やかしちゃダメよ。
塔の最上階、私の寝台が置いてある部屋の床で、四つん這いの体勢になったライカーンの腰辺りに、私はゆっくりと座った。
足を組んで、本棚から一冊の書物を手招きする。
フワフワと飛んできたのは、黄色い背表紙の、『世界の料理』という本。
今度ライカーンに作ってあげようと、じっくり読むつもりでいたのだけど、予定外に時間が空いたわね。
座る私の体を揺らさないよう、ライカーンはその体幹だけで自分と私を支えている。
さすがに鍛えているから、ふらつくようなことはないけど、一国の王さまが魔女の椅子にされるだなんて、屈辱だと思うの。
効果的なお仕置きになっていればいいんだけど。
ちょっとしびれてきたから、彼の背中の上で足を組み替える。
「……っ!クララ、どのっ!う……動かないで、くれ……」
「だって、足がしびれたのだもの」
ライカーンの傍に置かれた台の上から、紅茶の注がれた茶器を持ち上げる。
ふらつかないけど、身動ぎはするわね。くすぐったいのかしら?
「ライカーン、重たい?」
「……重くは、ない……」
じゃあどうして、そんなに苦しそうな声なのかしら。
いえ、重たくないならいいわ。
このまましばらく、読書の時間にさせてもらうわ。
無茶しないように反省するまで、こうしていないと。
どのくらいそうしていたかしら。
床につくライカーンの両腕が、震え始めた。
やり過ぎたかしら……。
「ライカーン?辛くなった?すぐにどく……きゃっ」
彼の体から降りようと腰を上げた私は、慌てたせいか体勢を崩して床に転びそうになった。
がっしりとした腕が、私を支える。
頭を打つと身構えて目を閉じていた私は、何の衝撃もなかったことに驚き目を開けた。
そっと床に背をつけさせられ、頭の後ろにライカーンの手の平が添えられていた。
ぶつけないように、庇ってくれたのね。
そして、上から私を見下ろす、橙の瞳。
「ありがとう。支えてくれたのね」
「……」
「ライカーン?」
首を傾げると、ハッとしたように目を見開いて、けれどその場から動かないライカーン。
起き上がろうと思うのに、彼の片腕に閉じ込められているような錯覚を起こす。
床についている彼の腕に、そっと手を置いた。
「ね、どけて。起きるから」
「……」
何も答えないライカーンを、見上げる。
怒っているのかしら。お仕置きが、嫌だった……?
どうしたらいいかわからずに、オロオロする私の頭の後ろに添えてある手が、そっと撫でてきた。
「クララどの……」
囁くように名を呼ばれて、彼の顔を見つめていると、その瞳が揺らめいているのがわかった。
「ライカーン?」
「すまない」
「えっ?」
「貴方にそんな想いがないのは、わかっているんだ……」
彼の言う意味がわからず、じっと続きを待っていると、ライカーンがようやく私の上から離れた。
「貴方に、負担はかけたくない。すまなかった」
それだけを告げて、ライカーンは階下へと降りていった。
後に残された私は、しばらく床の上から動けずにいた。




