2−10 ライカーン
腕の中にすっぽりと収まった、か細い存在。
震える自分の両腕を抱きしめるようにしていたのが痛々しくて、思わず手を伸ばしていた。
俺の中で、安心してくれたらいい。
時果ての魔女などと呼ばれる、人智を超えた存在なのだと思っていた。
確かに、ただの人間ではないのだろう。
魔力の器、と彼女は言った。
だが今、俺の腕の中で震えるクララどのは、華奢で儚げで、手を離したら消えてしまいそうだった。
狩りから戻った時に一瞬見えた黒い影は、クララどのによると月の神だと言う。
そして、彼女をこの塔に閉じ込めている張本人だ。
膨大な魔力を彼女から奪い、そのくせ月の神へ捧げさせるための器にしていると言う。
腹の底が、煮えたぎるようだった。
神という大いなる存在で、その考えも行動も、俺たち人間には推し量れないものなのかもしれない。
だが、クララどのを好き勝手に扱っていい理由になどならない。
なるものか……!
そもそもが、身勝手すぎるだろう。
太陽神と世界を二分するのが面白くなくて、時の神を誑し込み……そう、この誑し込むというのがもう、信じられん!神とは神聖な存在ではないのか!
そうして、己がこの世の絶対神になろうなどと……。
いや、人間の世界にも権力闘争はあるが、それにしても世界への影響が大きすぎる。
どれだけ俺たちが迷惑しているか。
生きていくだけで必死なこの世界にしたのが、月の神の我儘だと?
しかもそんなことのために、クララどのを閉じ込めているだと?
許せるはずがなかった。
だが、相手は神だ。どう戦う?どうすれば、彼女を解放できる?
心の中で自問していると、腕の中でクララどのが身動いだ。
「……クララどの?」
内心の怒りを押し隠して、できるだけ優しい声を出す。
彼女に怯えられたら、立ち直れない。
「あの、ライカーン?もう大丈夫だから、いえ何が?……わからないのだけど、その……もう離してもらっても大丈夫よ?」
先ほどまでの体の震えは止まったようだ。よかった。
だが、そうか。離してほしいのか。
……もう少し、俺の腕の中にいてほしい。
彼女が消えたりしないのだと、安心させてほしい。
「ライカーン?」
「……もう少し、このままで……」
彼女を腕に閉じ込めたまま、その細い肩に額を押し付ける。
驚いたようだが、少し首を傾げただけで、クララどのはそのまま動かずにいてくれた。
躊躇いがちに背に回された腕が、優しい力で俺の体に巻きつく。
ぽん、ぽん、と一定の調子で、背を叩く彼女の体温に、いつまでも浸っていたかった。




