2−9
コホンと一つ咳払いをして、ライカーンは寝台の隣に置いた椅子に腰を下ろした。
彼の体は大きいから、椅子が小さく見えるわね。ちょっと窮屈そう。
「……何を笑っているんだ?」
「えっ?」
問われて、頬に手をやる。
笑っていた……?
「私、笑っていたの?」
「俺にはそう見えたが……」
「そう……」
そう言えば、ライカーンがこの塔に来てから、感情というものを思い出してきているような感覚がする。
これは、彼だから、なのかしら。
「それで、月の神の話だが……」
「少し、思い出したことがあるの。私が、何のために、この塔にいるのか」
ライカーンの橙色から視線を逸らした。
言いたくない。けれど、ライカーンはきっと聞き出そうとする。
そして、きっとまた泣きそうな顔をするのよ。
王さまがそんなに、表情に出しちゃダメじゃない。
「私は多分、遠い遠い昔には、人間だったのだと思うの。けれど、今の私はこの塔で、月の神のための魔力の器になっている」
「!!!」
大きく息を呑む気配がした。
彼の顔が見られない。これじゃあまるで、私が月の神の臣下みたいじゃない……。
「魔力の、器……?」
「膨大な魔力を、時の神が私から吸い上げて、月の神に貢いでいる……と言えばいいのかしら」
「貢いでいる……」
「そうして魔力を私から奪い続けて、月の神は己の力が尽きないように、太陽神が復活しないように、ずっと警戒しているの」
「何故……貴方が……」
震える彼の指先が目に入った。
答えられずにいると、優しくて大きな手に、頬を挟まれた。そっと、彼の方へ顔を向けられる。
「……っ」
「時の神を正気に戻し、太陽神が復活したなら、貴方は解放されるのだろうか」
「っわからない、わ……」
両手で頬を包まれているせいで、目が逸らせない。
どうしよう。これ以上見つめられたら、縋ってしまいそうになるわ。
私は私の運命を、受け入れてここにいるはずなのに。
いいえ、自分の意思で受け入れたのかどうかさえ曖昧だわ。
でも、彼を巻き込んではいけないのよ。彼の世界へ、帰してあげると決めたのだから。
だからそんなに……そんな風に私を見ないで。
みっともなく震えだした私の体を、彼が抱きしめた。
「……っ、ライカーン?」
「泣かないでくれ……」
「泣いてないわ」
「だが、泣きそうな顔をしている。貴方にそんな顔をされると、どうしていいのかわからない」
そう囁くライカーンの腕の方が、震えているわ。
それなのにどうして、こんなに安心するのかしら。
ずっとずっと、この腕の中にいたいわ……。




