2−5 ライカーン
真っ白な視界に映った走る獣の影。
目を凝らしてみると、運がいいことに鹿だった。
あれを狩れれば、当面の間狩りに出なくてもすむ。
静かに矢を番え、弓を引き絞った。
ヒュンッ、と音を立てて、矢が鹿の後ろ足の付け根辺りに命中した。
もう一本、前足を狙う。
ドサリと倒れた鹿に、慎重に駆け寄った。
小刀で首を切り、絶命させた後血抜きをした。
皮を剥ぐのは……塔に戻ってからでいいか。クララどのに、水を出していただこう。
塔からさほど離れていない。この距離ならば、担いで戻れるか。
鹿の両足を縛り、胴体を首の後ろに引っ掛けるようにして担ぐ。
森で茸と山菜も見つけたから、食料は充分集まった。
早く戻って、クララどのの傍についていたい。
逸る気持ちを抑え、塔への帰路を急ぐ。
外に出る前にいつも、クララどのが俺の胸に魔力を与えてくれる。ほんのりと温かく、塔までの道を照らしてくれていた。
魔法の訓練は、いつまで続くだろうか。
最近では、クララどのが体に触れていなくても、自然と体内の魔力を感じられるようになってきている。
彼女に触れられると、魔力とは別のところが熱く感じられて落ち着かないが、触れられないのも寂しい。
俺は、こんなに欲張りだったろうか。
炎の国の王族として生を受けた俺は、異性に不自由したことはなかった。
だが、近寄ってくる女たちは皆、俺の肩書しか見ていなかった。
王太子妃に、いずれは王妃に、それしか考えていない女たちだったから、深く付き合うことはしなかった。
だからだろうか。何の下心もないクララどのに、どう接していいのかわからない時がある。
こちらを向いてほしい。俺を見てほしい。
だが、大いなる目的のために力を貸してくれているクララどのに、そんな気持ちを向けることさえ無礼な気がした。
彼女と視線が絡むと、幸せな気持ちになれる。同時に、俺の至らない点が悟られはしないかと、己のすべてを隠したくなる。
どうしていいのかわからないまま、俺は狩りのために外へ出された。
クララどのを思い出して熱を持った頬を、吹雪の冷たい空気で冷ます。
こんな火照った顔で戻れば、心配をかける。
あの細い指で、頬に触れてこられるかもしれない。
余計に体温が上がりそうだ。それだけは避けなければ。
しっかり火照りを冷まし、塔の結界の隙間に指をかけた。
見えない扉を開くように、手を動かす。
塔の内部を照らしている灯りが、開かれた隙間から溢れる。
ここからでも見える中央の床に倒れるクララどのが目に入った。
くそっ!やはり倒れている……!
唇を噛み締めながら内部に入ったが、彼女の様子のおかしさに目を見張る。
苦しそうに、胸を押さえて蹲りながら、宙を見据えている。
……何だ?何かおかしい。
喘ぐように言葉を紡いでいる。ここからでは聞こえない。
近寄ろうとした俺の目に、彼女の頬が切られ血を流している姿が映った。
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった俺は、クララどの目指して駆け出した。




