1−15 ライカーン
吹雪で視界が白く染まる中、雪の色に同化するように野を駆ける兎を見つけた。
静かに矢を番える。
この辺りに狩りに来る人間はいないらしく、野生の獣に警戒心はそれほどなさそうだ。
ギリギリまで弓を引き絞り、走る兎の二歩先に矢を放つ。
無事に命中させたことに安堵し、小刀を取り出す。
雪が足音を消してくれるのがありがたかった。
倒れた兎に近寄り、首を切った。
その場で血抜きをし、先に拾っておいた木の棒にくくりつける。
あと何羽かは仕留めておきたい。
ほんのりと胸が温かい。
塔から出るその瞬間に彼女が着せかけてくれた外套は、雪の冷たさから俺を守ってくれてはいるが、誰の物なのか気になった。
大きさから、彼女の物ではない。
だが、俺が旅に着てきたのはこれではない。あの赤い外套は、塔の中だ。
白い襯衣の上から胸元をさする。
彼女はお守りだと言っていた。
この温かさは彼女の魔力だろうか。
深い蒼い瞳に苦悩を乗せて、こちらを見上げていた。
狩りに出ると言った時には、酷く動揺しているようにも見えた。
俺の言葉の何が、あれほどクララどのを揺れさせたのか。
いや、そもそも……。
彼女はあの塔に、囚われているのか?
監視の眼、という言葉を口にした時、彼女の瞳に一瞬浮かんだのは、怯えだろうか。
昨夜まで、いや、今朝俺が狩りのことを口にするまでは、楽しそうにしていたんだが。
やはり疲れていたのか、夢も見ずにぐっすりと眠り、気持ちよく目覚めた。
眠る前は、彼女に見つめられていることに落ち着かず、とても寝られそうにないと思っていたが……。
起き上がり、立ち上がると無意識に剣を掴んでいた。
毎朝の鍛錬を体が求めている。
寝台から離れ、ここから見えない高い高い天井の下の吹き抜けで、いつものように素振りをする。
額に汗が浮かび、背中をつたう汗が気持ち悪くなりだした頃、ふと視線を感じて目を上げた。
吹き抜けの一番上に、黒い髪が揺れているのが見えた。
海の蒼と視線が絡んだような気がした。
と、次の瞬間には彼女が飛び降りていた。
慌てて両腕を広げた。
ふわふわと降りてくる彼女は、まるで踊っているようだった。
しばらく言葉も忘れて見惚れていると、広げた俺の腕の中にその細い体を収めてくれた。
怪我などしていないかと、彼女の様子を確認する。
クララどのと朝の挨拶を交わし、途端に自分の汗が気になり始めた。
汗臭いなどと思われたら、地面に沈み込んでしまいそうだ。
俺の葛藤など気にすることもなく、朝食について尋ねられ、寝る前に考えていたことを口にした。
「自分の糧は自分で用意する」
目を見開いたクララどのは、真っ青な顔をしていた。
手首を掴まれ、厨を通り抜け、壁を埋め尽くす本棚の前に立たされた。
彼女が軽く手を振ると、俺の弓矢が飛んできた。
説明している時間はないと言って、彼女に優しく背を押されたと思った瞬間、俺は真っ白な吹雪の中にいた。
手首に、彼女の温もりが残っているようだった。




