1−10 ライカーン
体中の血が燃えるようだった。
彼女に触れられた腹部が熱い。
いや、あれは魔法の訓練のためだ。
彼女に他意はない。集中しろ……!
神話の続きとも言うべき話を彼女から聞かされた時は絶望しそうになったが、時の神の住処へ「飛べる」と言われた。
だが、そのためには魔法を習得しなければならないらしい。
今まで生きてきて、魔法など使ったこともない。
存在することすら、知らなかった。
いや、国の賢者たちの中には知っている者もいたかもしれんが、俺には関係ないことだと思っていた。
臍の下に意識を集中させる。
何か温かいような……。
これは、彼女が触れていたからか?
クララどののあの無警戒さはどういうことだ?
こんな塔の中に一人きりで、俺みたいな男が入ってきても動揺もせず、相手をしてくれている。
あんなに美しい人が、こんな場所でたった一人で、出会ったばかりの男の身に触れて魔法を教えてくれている。
ここに来たのが俺でなくとも、彼女はこうして魔法を教えたのだろうか。
同じように、その身に触れて……?
体がカッと熱くなった。
血が逆流するような不快感がこみ上げる。
待て、吐くな、堪えろ俺……っ!
ふっ、と体が軽くなったような気がして目を開ける。
右手を前に差し出してみる。
指先に、熱を感じる。これが、魔力か……?
「……灯せ」
小さく呟いてみると、ポッと橙色の炎が、人差し指の先に灯った。
「……っ!」
使えた。
小さな小さな炎だったが、それは確かに、俺が魔法で出した炎だった。
「すごいわ!」
背後から掛けられた声に振り返る。
時果ての魔女が、美しい微笑みを浮かべていた。
あぁ、彼女のお陰だ。一歩前進できた。
駆けてきた彼女が、俺の体に抱きついた。
その細い腕に心臓が跳ねる。
ドクドクと、鼓動がうるさい。
いや、集中した魔力のせいで、体が熱くなっているだけだ。
必死に言い聞かせている俺の内心など知る由もなく、クララどのが嬉しそうに言う。
「ライカーンには才能があるのかもしれないわね。このまま、明日からも訓練を続けましょうね」
にこにこと、無邪気な笑顔を浮かべている彼女を抱きしめてしまいそうになる。
どうして、こんなに無防備なんだ……!
少しは俺に警戒してくれ!
「やっぱり炎の国の王さまね。最初に使えたのが火魔法だなんて」
「貴方のお陰だ。ありがとう」
俺の礼の言葉に、彼女はくすぐったそうに笑う。
「ライカーンが、私の教えることをきちんと理解しようとして、集中したからよ。頑張ったご褒美に、私が作った料理を食べさせてあげる」
そう言ったあとで、少し首を傾げた。
何だ、その仕草は……!可愛すぎるだろう!
「王さまは、王宮の者が作ったものか、お毒見係が毒見したものしか、食べてはダメかしら?」
白く細い指を顎に当てて考え込む様子は、魔女とはとても思えなかった。
俺の胴体に巻き付いている腕を優しく引き剥がし、俺は何とか笑顔を作ってみせた。
名残惜しいなんて、思ってない!
「時果ての魔女どのの手料理など、滅多に食べられない贅沢なものだ。ありがたくいただこう」
俺の答えに、彼女は満足そうに微笑んだ。




