5−10
ヒュンッ、ヒュンッ。
空気を震わせる音が、鞘に入ったままの剣先から響く。
ようやく、思うように剣を振れるようになってきた。
起き上がってすぐの素振りは、一度も叶わなかった。
剣を持った瞬間、重みに耐えかねて無様に膝をついた。
剣を支えに立ち上がり、侍女が止めるのも聞かず部屋を出た。
よろめきながら、石造りの廊下を進み、慣れ親しんだ中庭に出た。
俺の姿を見て目を丸くする文官たち、ふらつく体を支えようと手を伸ばしてくる武官たち。
それを断って、何とか中庭の真ん中に立った。
後ろから、時の神が面白そうに眺めているのが気配でわかった。
柄を握る手に力を込め、必死に持ち上げる。そこで力尽きた。
座り込む俺の傍まで歩んできた時の神が、俺の手から剣を取り上げる。
「何を……」
「お主のその精神力には感服するが、剣を振るのはまだ無理そうじゃな。まずは、体力を戻してみては?人の子は、走り込みなどして鍛えるのであろう?」
「……」
「お主が鍛錬する間、水の神には魔女の肉体創造を頼んでやる。何なら、あの塔まで儂が転移させてやってもよい。万全の状態に整えよ」
「!?」
転移だと?それも、神の魔法か?
額から流れる汗を乱暴に袖で拭って、時の神を仰ぎ見る。
「儂がここまで干渉するのは、あまりよいことではない。じゃが、これはまぁ、贖罪じゃからな。太陽神さまも大目に見てくださろう」
「その、転移というのは?」
「文字通り、ここからあの塔まで、一瞬でお主を飛ばすという意味じゃ」
「そんな、都合のいい魔法が……」
俺の言葉に、時の神が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「儂は、神じゃぞ?お主が思うておるより、多くのことができる」
「……」
月の神に骨抜きのくせに、よく言う。
それから一週間。
水の神に依頼に行くという時の神を見送って、毎朝毎晩、柔軟から走り込み、剣の素振りを続けた。
やっと一回剣を振れた時には、涙が出そうになった。
これまで当たり前にできていたことが、思うようにできないというのがこれほど苦痛とは想像もしていなかった。
ヒュンッ、ヒュンッ。
無心で剣を振り続ける。やっと、剣の重みに腕力が追いついてきたような気がする。
クララを迎えに行くために、俺はもっと、強くならなければ。
日課の素振りを行う中庭を見渡せる回廊に、侍女たちが並んで立っている。その周りを、武官たちが囲んでいる。俺が無茶をした時には止めるように、宰相から厳命されているようだ。
この十年で、引退した者、目を見張るほどの成長をした者、変わらず国のために働いてくれていた者、皆泣きそうな顔で俺を迎えてくれた。
王の不在を、よく守ってくれたと思う。あとは、太陽神を復活させて、明るい世界に戻すだけだ。
素振りを終え、侍女から手渡された手巾で汗を拭く。
回廊の向こうから、宰相が歩いてくるのが見えた。
「お体の調子は、いかがですかな?」
俺の鍛錬に苦い顔をしていたくせに、そんなことを聞いてくる。
「まあまあだ」
「よろしゅうございました。北へ向かわせる者の選任が終わりました。いつでも出立できますぞ」
本当は、まだ行かせたくないという気持ちがありありと表情に出ているな。
手巾を侍女に返し、着替えのために自室へと歩き出す。
後ろをついて来る宰相は、まだぶつぶつと小言を呟いているが、無視した。




