5−9
一人残された部屋で、寝台に横になる。
目を閉じると、様々なことが浮かんでは消えていく。
砂漠化が進む炎の国。
世界から失われた太陽。
くだらない月の神の我儘に終止符を打てたこと。
そして、塔で待ってくれているはずの、愛しい女。
目を開け、見慣れた天井を睨む。
宰相は、今度こそ俺が一人で発つことを許さないだろう。
それならば、重臣たち皆が納得するほどに、体力を戻せばいい。
ゆっくりと起き上がる。少しふらつく気がするが、魔法の特訓に比べれば大したことはない。
裸足のまま、床に足をつけてみた。
立ち上がろうとすると、踏ん張りがきかずに寝台に座り込んだ。
想像以上に弱っている体が情けない。
ふと、壁際に飾られている剣が目に入った。
炎の国の王である証。鞘に描かれた赤い炎の紋様が、室内を鮮やかに照らしているようだった。
何故、ここにある?あの剣は、最後に月の神の手にあったはずだ。時の神が、取り返してくれたのか?
もう一度、倒れないように歯を食いしばって立ち上がる。
震える足を叱咤し、一歩一歩、壁に近づく。
あと少しで剣に手が届こうかというところで、扉が叩かれた。
「……誰だ?」
「失礼致します、陛下。お召し替えをお持ち致し……」
開かれた扉から顔を覗かせたのは、身の回りの世話をする侍女だった。
「へ、陛下……っ。まだ起き上がられては……」
手には俺の着替えと、体を拭くための布が抱えられていた。
返事をしようと振り向いた途端、膝から力が抜けた。
床に尻もちをついた己の無様さに、ため息が漏れる。
慌てて駆け寄ってくる侍女を制し、座り込んだままで口を開いた。
「構うな。自分で、立ち上がる」
おろおろする侍女は、その場でしばらく逡巡したようだが、気にしてやる余裕がない。
壁に手をつき、何とか片膝をついた体勢になる。
「……無理はするなと言うたに」
荒くなった呼吸を整えていると、扉の向こうから呆れたような声が掛けられた。
「無理のしどころだ。愛する女を待たせたまま、のんびりしていられるか」
きっぱりと告げると、時の神はその黄金色の瞳を丸くした。
「ほっ。随分と、素直に心の内を晒すようになったものじゃな。以前は、認めなかったであろうに」
くつくつと笑う時の神を無視し、やっとの思いで立ち上がった。
「俺のちっぽけな自尊心などを守って心を隠したとて、失ってしまっては何の意味もない。……十年だぞ?何があってもおかしくないだけの時が流れた。あの鈍感な女に、今度こそはっきりと想いを告げる」
「若く青いことじゃな」
眩しそうに目を細める時の神が、侍女の横を通り抜けて俺の傍に立った。
「っ、陛下!」
「騒ぐな。心配することはない」
悲鳴を上げる侍女を安心させるように言って、剣に視線を戻した。
「これは、貴方が……?」
「うむ。あの方の胸を貫いた剣など、月森宮に置いておけぬ。お主をここまで連れて来る際に、共に持ち帰った」
「感謝する」
左胸に拳を当てて、深く頭を下げた。
ふらつくせいで、壁に片手をついたままなのは、許してほしい。
俺の謝意を鷹揚に頷いて受け取り、時の神が苦笑した。
「それで、早速鍛錬でもするつもりかの?」
「あぁ。弱った体など、動かしてやればすぐに元に戻る」
俺の決意に、美丈夫となった時の神は呆れたような目線をよこすだけだった。




