5−8
睨み合いが続く。
先に視線を逸らしたのは、宰相の方だった。
諦めたように息を漏らし、薄くなった頭を撫でている。
「お覚悟は、わかりました。ですが、先の旅のように、お一人で行かせるわけには参りませぬ」
「悠長に旅の支度などしていられんぞ」
「陛下の足手まといにならぬ者を選びます。貴方さまは貴方さまで、お体を少しでも元にお戻しください」
言われて、自分の腕に視線を落とす。
少し細くなったか?十年寝ていたと言われても、実感がわかないな。
「十年前、貴方さまをお一人で旅立たせたこと、ずっと悔いておりました」
絞り出されるような声に顔を上げる。
宰相が、眉間に深く皺を寄せていた。
「宰相?」
「何故、あの時、この命を賭けてでもお止めしなかったのか。無理にでも、軍勢をおつけしなかったのか。神の腕に抱えられた貴方さまの蒼白なお顔を見て、私は己の過ちに気づきました」
「……」
「眠り続ける貴方さまを見て、私が……我々がどのような気持ちで、無事のお目覚めをどれだけ祈っていたか、少しは……お考えくださると、皆も報われるというものです」
俯く宰相に、何も答えられなかった。
一人で旅する方が早いと、他者を連れていれば面倒だと、安易に考えた結果が宰相のこの表情か。
「俺は……王失格だな」
呟く俺に、宰相が弾かれたように顔を上げた。
「そのようなことは、決して……!」
「だが、次の旅も急がねばならん。急行軍に付いて来られる者だけを選べよ」
「……仰せのままに」
左胸に拳を当てて深く頭を下げ、宰相は部屋から出て行った。
彼に任せておけば、精鋭を集めてくれるだろう。
「よい臣下じゃな」
ポツリと零された一言に、思わず苦笑する。
「俺などには勿体ないか?」
「いいや。お主がよき王じゃから、よき臣下がおるのじゃろう」
「国を見捨てたと思われかねない愚行を犯したんだぞ」
「お主の不在など、あの宰相ならばいかようにも誤魔化せたであろう。じゃが、お主の帰還を信じて、敢えて民に王の旅立ちを公表したのは、愚かとも英断とも言える」
太陽を世界に再び昇らせるため、炎の国の王が旅立った。
民は、王を信じて待つように、宰相が触れ書きを出したという。
「人の子とは、ほんに面白いものじゃな」
「面白いか?」
「到底叶わぬ夢を見て、それでも必死に己を鍛え、とうとう神を倒すなどという偉業を成し遂げた。あれでも、あの方も儂も神じゃぞ?血のなせる業とは言え、大したものじゃ」
時の神の話すことは、たまによくわからないな。
首を傾げる俺に、何も答えず時の神が立ち上がった。
「さて。飯も食って、話も一応終えた。お主はもうしばらく、寝台で休んでおるとよい」
「いや、鈍った体を鍛えて……」
「焦るでない。あの宰相が旅の連れを選ぶのに、まだ時はかかろう。己で思うより、体力は失われておるぞ。まずは、少しずつ動くことじゃ」
そう言われても、逸る気持ちは抑えられない。
たかが十年眠っていたくらいで、動けなくなるほどやわな鍛え方などしていなかった。
「……彼女が待っている」
俺の呟きに目を細め、時の神も部屋を出て行った。




