1-9:ご褒美で水の泡?
ゲームの設定画面を呼び出し、『終了』をタップ。本当に終了するかの確認メッセージにも『はい』で答えて。
「ふう」
視界が暗くなったところで、VRゴーグルを外した。隣のももちゃんのも外してあげる。一瞬、キョトンとして周囲を見回すももちゃん。そうだよね、自分がどこに居るのか、よく分かんなくなるよね。
「そっか、おうち」
「うん、そうだよ。ゲームの中だったんだよ」
人によっては、子供にやらせるべきではないという意見もある。逆に「今後どんどんバーチャルは発達していくのだから、現実とゲームの両方をキチンと区別できるよう、早いうちから境の曖昧さに慣れさせておくべき」という声もある。
どっちが正しいかは分かんないや。ただゲームは避けられても、確かにバーチャル技術や視覚デバイス等々からは逃げようもない時代なのは間違いない。
「こいんは?」
「あー、それは持って来れないんだよ。ゲームの中だけ」
こうやって逐一、どこまでが実体で、どこからが虚像なのか教えてあげれば区別がついてくるんじゃないかと思う。
「んー。せっかくもらったのに……」
不満そうだけど、駄々をこねたりしないのが本当に賢い子だ。前々から思ってたけど、絶対天才だよね。ギフテッドの検査とか受けさせた方が良いのかな。
私たちは、マットをクルクルしまって、階下に下りた。ママが既に帰ってきてるみたいで、夕ご飯を作ってる最中だった。
「あ、おかえり」
「ただいま。ゲームどうだった? ブロッサム・クエストだっけ?」
保育園から連れ帰ったら、やってみるというのは今朝のうちに話してたからね。
「うん。良い感じだと思う」
ももちゃんの大好きな粘土で活躍できるというのが、ことさら気に入っていた印象だ。
あとフラワーコインも渋くて好きだったみたい。
「ももちゃんは、どうだった?」
ママは料理の手を止めて、ももちゃん本人にも聞いてみる。
「ねこさんさわった! たのしかった!」
「あら〜猫さんも出てきたの? 良かったねえ」
私は今日のクエストの内容をかいつまんで教える。ペットと飼い主が想い合う、とても教育にも良さそうな内容だった、と。
「今度、猫さんカフェに行こうか、ももちゃん。いっぱい猫さん触れるよ?」
ママがそんな提案をすると、
「いっぱい!? ももちゃん、いく!」
大喜び。
「ぷてやのどんもいる?」
「プテラノドンは……ちょっと」
プテラノドンカフェは間違いなく営業許可が出ないかなあ。
そんな話をしている時だった。玄関から鍵を開ける音がする。
「あれ? パパ?」
時計を見ると、午後5時半。直帰にしても早いなあ。さてはももちゃんのプレイ記録を知りたくて焦って帰ってきたな。
「ただいまー!」
「ぱーぱ!」
ももちゃんが駆けていく。このお出迎えが、パパには嬉しくて仕方ないそうで。
玄関先で、ハグが行われてるであろう間があって、パパとその腕に抱っこされたももちゃんが戻ってきた。
「おかえり。早かったね」
「うん」
「ぱーぱ、けーき!」
え?
ももちゃんの言葉に、私はパパの後ろを覗き込む。後ろ手に持ってるカバンと、もう1つ袋を指に掛けていた。
「ももちゃんがダイエット始めるって言うからさ。ご褒美に買ってきたんだ」
ダイエットの意味、分かってる? なんでそうなるの?
ママも同じことを思ったみたいで、呆れ返った顔をしてる。
「いや、まあまあ。まずはお祝いでさ」
「ぱぱ、だいしゅき!」
これが聞きたかっただけでしょ。現に、パパの顔、とろけそうに崩れてるし。
「有名店のチーズケーキだからね。美味しいよ」
わざわざ買いに行って、なおこの時間に帰って来れてるということは。外周りがどうのこうの理由をつけて早引きしたね、これは。
「もう……」
「まあ仕方ない。もう買ってきちゃったんだし」
というワケで、夜ご飯の後に家族みんなで頂いた。タルトのクッキー生地がしっとりホロホロで口当たりが良く、クリームチーズも酸味は香る程度で甘さが強い。これならももちゃんも大丈夫だね。
――もちゃ、もちゃ
うん、美味しそうに食べてる。持ち手に猫さんがついた子供用の丸っこいフォークを、更に丸い手で掴んで、一生懸命。
「美味しい? ももちゃん」
私を見上げて、「んふふ」と笑う。やっぱりお気に召したみたい。
「べしちゃんも、ちーずたべてるかな?」
「え?」
一瞬、なんのことか分かんなかったけど。
ベシーちゃんのために、カイルくんが買ってきたお土産のチーズ。それを今頃は家で食べてるんじゃないかと。ももちゃんは、そんなことを思ったようだ。
「……」
ゲームからログアウトしてしまったので、当然あの中の時間も止まっている。だから、カイルくんもベシーちゃんも次に私たちが『ブロッサム・クエスト』の世界に入るまでは、あの手を振って別れた時間のまま。
ももちゃんにリアルとゲームの峻別を教えるというのなら、否定するのが正解なのかも知れないけど。こんな優しい想像力なら……
「うん。きっと食べてるよ。私たちと同じ」
「……!」
ぱあっと花開くようなももちゃんの笑顔。
私もパパもママも、釣られて笑顔になるのだった。




