1-7:どこ行っちゃったんだろう
魚屋のおじさん曰く、昨日の夕方頃、彼の店にベシーちゃんが来たとのこと。何か元気が無さそうだったので、小魚をあげようと裏に引っ込んでいる間に消えてしまっていたそうで。本当に短い滞在だったみたいだ。
「その後、どこに行ったかは分からない?」
「そうだなあ。けど周辺で聞き込みしてみりゃ、誰かは見てたんじゃねえか?」
聞けば、店は東通りにあるらしくて、中央広場からも見える位置だとか。そもそも広場からは東西南北に十字のストリートが伸びてるから、このライン上では常に人の目がある。ここら近辺を歩いて移動してたなら、確実に誰かは見てるよね。
「行ってみよう」
カイルくんに続いて、私たち姉妹もおじさんの後に続く。南区を出て、そのまま中央広場へ。噴水の周りにベンチも置かれていて、人々が思い思いに寛いでいる。その横を抜けて、東通りへ。こっちはお店が立ち並ぶストリートみたいだね。八百屋に雑貨屋、服屋さんもある。
「アレが俺の店だ」
おじさんが指さす先、確かに魚屋さんがあった。干物が店先にブラーンと吊るされてる。独特のニオイは……あんまりしないね。ゲームならではの配慮かな?
「ありがとう、おじさん。それじゃあ、この辺で聞き込みしてみよっか」
ももちゃんとカイルくんに声を掛けたんだけど……カイルくんは別の場所を見つめていた。
近づいて視線の先を追うと、乳製品を扱っているお店を見てるみたいだった。
「カイルくん?」
「あ、ああ。うん。城からの帰りに、あそこでチーズを買ったからさ」
言ってたね。ベシーちゃんの好物だから、お留守番のご褒美にいつも買って帰るとか。そっか、あの店なんだ。
「……本当にどこ行っちゃったんだろうなあ」
寂しそうに言うカイルくん。ももちゃんも気遣わしげに眉を曇らせ、私を見上げる。早く見つけてあげたいね。
その後、私たちは周囲で聞き込みをした。やっぱり猫の1匹歩きは目立っていたみたいで、チラホラ目撃情報が集まる。なんでも東の橋の方まで行っているとか。
「橋なんてあるんだ?」
「うん。街に沿うように川が流れてるからね。北の山脈から流れ出て、ずっと進んで南の港町まで」
それは日本で言うところの一級河川クラスだね。
そこに橋が架かっている、と。
「かわ! ごーごー!」
水の流れる音かな。激流だ。
「このまま東に抜けよう。すぐだよ」
真っ直ぐ進んで、ストリートの外れ。東門の門番さんにも挨拶して、街を出る。少し行ったところに、確かに橋が見えた。その下は大きな川ではあるけど……流れは非常に穏やかだった。
「ごーごーじゃなかったね?」
「うん……」
残念そう。
私はその川に架かった石橋を見る。アーチ状になっていて、欄干もキッチリしてる。滑落は無さそうかな。
「……」
「カイルくん?」
「ここも」
「え?」
「両親が死んじゃった時、ベシーと1度街を出ようとしたことがあったんだ」
カイルくんの家族……やっぱり居ないんだね。あの家にカイルくんとベシーちゃんの2人暮らしという時点で、ちょっと察してたけど。
「けど、やっぱり……仕事もあるしさ」
そうだよね。簡単に引っ越しなんて出来ないよね。
「街に残るって決めて……でも辛くて、この橋の上でベシーを抱いて泣きじゃくってしまってさ」
カイルくん……
「お腹に彼女の温もりがあったから、僕は救われた」
「うん」
分かる。カイルくんと比べるのもおこがましいけど、私も辛いことがあった時、ももちゃんを抱っこして眠ると、心が落ち着いたりするもんね。ちっちゃくて温かくて。
「…………もしかして。ベシーは僕を捜してるのかも知れない」
「え?」
私たちがベシーちゃんを捜してるつもりだったんだけど……向こうもカイルくんを捜してるってこと? それで逆にすれ違ってる?
「今回の当直は、いつもより1日長かったんだ」
「そうなの?」
「1日くらい、と思ったけど……ベシーにとっては」
賢い子なら、主人が定期的に家を空けること、それがいつも何日間なのか、そこら辺を理解してるかも知れない。
「それで、いつも帰ってくるハズの日に帰って来ないから……」
主人に何かあったと思って、矢も盾もたまらず、捜しに出た。
ここまで全部、カイルくんとの思い出の場所を巡回してるし……ありえるかも。
「だったら、最後は!」
カイルくんが走り出す。呼び止める間もなく、一直線。川を北上していく。
「も、ももちゃん!」
抱っこして、私も走る。そろそろ私の腕の方が引き締まりそうだけど。
「カイルくん!」
「この先に、兵士の宿舎があるんだ!」
そ、そっか。飼い主が街に戻ってないと判断したなら、次はまだ宿舎に居る可能性を考えるよね。
「はあ、はあ、はあ」
しんどい。ももちゃんがズリ落ちてくるので、少し止まってしゃくるように持ち上げる。
そのももちゃんの顔の向こう、宿舎の建物が見えた。灰色の石で組んだ無機質な造り。2階建てで、かなり大きい。
既にカイルくんは門番の人と話している様子だ。事情を伝えてるんだろう。
「私たちも!」
再度、走り出す。疲れた体に鞭打って、なんとかカイルくんに追いついた。
「え!? 追い払ってしまったんですか!?」
途端、大きな声が聞こえる。
多分、ベシーちゃんはここに来たけど、門番さんが追い払ってしまったと、そういう話だと思う。
「す、すまん。オマエの飼い猫だとは知らず」
「あっち行け、してしまった……」
門番さんたち……
「なんで、あっちいけするの!」
ももちゃんもご立腹だ。
「いや、そう言われても……」
門番さんも、タジタジだ。
「ももちゃん、仕方ないんだよ。兵士さんたちは、剣をブンブンしたりするから、猫さんが居たら危ないの」
「……ん」
分かってくれたのか、分からないのか。
と、そんな最中だった。
――みぃ~
小さな、蚊の泣くような声だったけど。
「今……」
「うん! ベシーの声だ!」
全員、あちこちに視線をやる。
どこ? どこに……
「あ! あそこ! ねこさん!」
ももちゃんが見つけてくれたみたいだ。指さす先は……木の上。宿舎の外壁を囲うように生えている木々の中の1本。その枝の先に、黒猫が居た。
「ベシー!」
カイルくんの呼び掛けに、
「みぃ~」
またも小さく鳴いて答えた。間違いなく本人(いや本猫)みたいだ。
 




