10-6:仕事終わりの買い食い
ゲーム内時間でいうと、恐らく夕方の4時前後。無事にチラシを配り終えた。ちなみに『ももちゃん8:私2』くらいの割合だったので、妹に頭が上がらない。
「おーい、終わったー?」
かなり良いタイミングでミッテさんの船が橋の付け根に現れる。手を振ろうとして、欄干から少し顔を出したところで。
「うわ……」
オレンジに染まる大運河がキラキラと瞬いていた。建物も陰影を濃くしており、どことなく物悲しさを感じさせる。渡しの小船たちも、少しずつ数を減らしてるみたいで。まさにアクアニルスの店仕舞いという風情だった。
私は足元に居るももちゃんを抱き上げ、彼女にもその景色を見せてあげる。
「れっがんおじちゃんのえみたい」
そうだね。レッガン先生がこれを描いた気持ちが、今ならよく分かる。
っとと。そうだった。ミッテさんが呼んでるんだった。
私は頃合いで橋の下へ降り、彼女と合流した。
「すいません。またニルスウェイン島まで」
「はいよ」
そうして15分ほど、夕焼けの街を眺めながら船に揺られ……ニルスウェイン島に戻ってきた。
上陸してみると、島の広場は様変わりしていた。いくつも屋台が建ち、そこで料理が売られている。
「♪♪♪」
甲高い声をあげて大喜びのももちゃん。まあそうなるよね。ていうか、私も良いニオイに釣られて、お腹が鳴りそうだよ。
「トリッパの煮込みに、ウィンナーもあるな」
ミッテさんも心躍ってる様子で、ももちゃんみたいに目をキラキラさせている。
「ねえね! ねえね!」
着ぐるみの生地を引っ張られる。
「はいはい。先にジェーヴァさんに報告してからね」
ももちゃんは膨れるけど、なんとか聞き分けてくれた。少しお姉さんになったよね。去年くらいだったら、その場に寝転がって手足をブンブン振り回してる案件だけど。
というワケで、先程もお邪魔した事務所へ。外から声を掛けると、ジェーヴァさんの返事があったので入室。
「ああ、お疲れ様です。チラシは終わったんですね?」
「はい。手配り分と、花小路やトラットリア・ヴィンボーさんにも協力いただいて」
「そうですか。ありがとうございます」
優しい声音で労ってくれる。その後、姉妹だけにしてくれたので、着替えを済ませる。
事務所の外に出るとジェーヴァさんが待っていて、紙片を2枚くれた。チラシと同じ絵が描いてあるそれは……どうもチケットみたいだ。席番の数字が下部に記されている。
「これにて依頼内容は終わりですが、是非とも公演も観て行ってください」
「あ、はい! もちろん。ありがとうございます」
「ありがとございます!」
姉妹でお礼を言って、事務所を後にする。
さあ、これで本当に自由だね。仕事終わりの一杯は……私はお酒は飲まないから、とにもかくにも食べ物だね。ももちゃんもグイグイ手を引っ張ってくるし。
「何食べようか?」
「ぜんぶ!」
全部は食べすぎでしょ。ちょっとお預け食らったから、ボルテージが上がってるのは分かるけどね。
「お、帰って来たかい」
既にミッテさんは両手に食べ物を持っていた。羨ましそうに見上げるももちゃんに、皮つきフライドポテトを1つ恵んでくれる。
「幸奈も要るかい?」
「あ、ありがとうございます」
1つ貰って食べてみる。うん、ホクホクしてて美味しいね。塩気も適量だ。しかもこれ実質ゼロカロリーなんだもんね。本当、VR様様だ。
「トリッパサンドも美味いよ。あそこの屋台だ」
ミッテさんが指さす先、5人くらいの行列が出来てる。
って、屋台で調理してる人……ロッコさん(トラットリア・ヴィンボーのオーナシェフ)だ。
「ももちゃん、行ってみよう」
「うん! さんどいっち!」
大喜びだね。
「んじゃあ、アタシはテキトーに見て回ってるから」
「あ。はい」
「たまにはアタシもサーカス観てみるかあ」
なんて呟きながら、ミッテさんはフラフラと歩いて行ってしまった。サーカスの後に私たちを送って行く関係で、ここに居なきゃいけないんだよね。ちょっと申し訳ない。
「ねえね、とりぱ!」
「トリッパね」
ももちゃんに急かされるので、列に並ぶ。ヴィンボーさんは熟練の手捌きでサンドウィッチを作っていくので、前に5人居てもすぐに私たちの番が回ってきた。
「おや、幸奈さんにももちゃん」
「こんにちは」
「ちは」
そろそろ「こんばんは」の時間帯に差し掛かってるけどね。
「今日は夜営業は……お休みですか?」
「はい。ここの屋台の方が稼げるからと。リンピアが」
相変わらず、経営戦略は長女頼みだなあ。ただその長女さんの姿が見えない。
「今日は僕だけですよ。リンピアや妻も手伝うと言ってくれましたが、2人には子供たちとサーカスを楽しんでおいで、と」
うう、お父さんだなあ。
見通しが甘かったり、楽観主義すぎたり、色々あるけど。家族想いなのは絶対に間違いなくて、だからリンピアちゃんも呆れたり怒ったりしながらも、決して嫌うことはないんだろう。
「おじちゃんは? みないの?」
「おじちゃんは、子供の頃に飽きるほど観たからねえ。もうお腹一杯だ」
「そうなんですか? そんなに昔からあったんですか?」
「昔は違う人が運営してたんですけど、ご高齢で引退して。その際にジェーヴァさんが買い取ったという経緯ですね」
なるほど。受け継がれていってるんだね。ジェーヴァさんが辞めた後は、ローヴィルさんが継いだりしてね。で、ホテルの支配人さんの方はローヴィルさんの子供さん(居るのかどうか知らないけど)が継いだり?
なんて考えてると、ももちゃんがズボンを引っ張てくる。ああ、はいはい。早く食べさせろってことね。ロッコさんも苦笑して、
「……2つですか? ももちゃんと半分こしますか?」
「ふたつ、ください!」
ありゃりゃ。
トリッパってホルモンだし、実際ももちゃん食べれるのかなあ。やっぱり形状が気持ち悪いとかで……
「はい、どうぞ」
「ありがとございます!」
――もぐっ、もちゃ、もちゃ
うん。なんの躊躇も無く食べてるよね。
「お、美味しい?」
「おいひー!」
それは良かったよ。本当にこの子は好き嫌いがないね。それが仇になってる部分もあるけど。
その後、私たちはフランクフルトも買って(流石にこれは2人で半分こした)楽しい屋台巡りを終えた。ちなみにももちゃんが仕事前に食べたがってた「チラミス」は、本人が忘れてるらしかったので、指摘せずにおいた。藪蛇になるからね。




