10-2:サーカスと老紳士
サーカスのテントはすぐに見つかった。というか、このフロートでは知らない人は居ないレベルだったみたいで。私たちがキョロキョロしてると、親切な住人さんの方から「サーカスかい? それなら島の真ん中だよ」と教えてくれたんだよね。
というワケで、私たちは島の更に南東を目指す。ももちゃんと一緒にマップを確認すると、島全体はアーモンド形になっていた。上陸した場所から進んで、中央の膨らんでる所、そこに広場があるそうだけど……
「あ。ゆうえんち!」
ももちゃんの小さな指が差したのは、黄色と赤の縞模様のテント。三角屋根と丸っこい胴体の部分を合わせると、かなり大きい。ももちゃんの言う通り、遊園地のアトラクションで見るようなサイズだ。まあ実際、それくらいの動員があるんだろうね。
「テントの周りにも、小さな出店があるね」
まだ何も作ってないみたいだけど、アーケードの下に鉄板が設置されているのが見える。さっき美味しい物を食べさせる約束もしたし、出店の準備が整ったら物色してみたいね。
「後で見に来ようね」
「うん!」
ももちゃんは出店というものがイマイチ分かってないだろうけど、どうも食べ物屋さんっぽいなというのは理解してるみたい。
私たちはテントの傍まで来る。中に入って良いんだろうか。と思ったら、入口らしき所に紅白のロープが掛かってる。まだ準備中みたいだ。
団長さんに会わないといけないんだけど……
「おや? もしかして依頼を受けてくれた冒険者さんですか?」
声に驚く。いつの間にかサーカステントの脇の方(通用口があるのかな)から人が出てきていた。
声の主は、老紳士だった。黒いタキシードを着て、シルクハットを被ってる。白いおヒゲはキレイに整えられていて、清潔感がある。紳士はシルクハットを取って、華麗に片膝を曲げた。ああ、古い外国映画で見るような挨拶だ。
「っ!」
ももちゃんもすかさず、自分のズボンの両端を摘まんで対抗。シンシアー王妃とのご挨拶でも披露した「なんちゃって上流階級仕草」だけど……
「あれれ」
「危ないよ、また」
バランスを崩しかけるので、慌てて背中を支える。前回の二の舞だよ、もう。
「ははは。これはこれは、可愛らしい淑女さんですね」
老紳士さんが優しく笑う。
「申し遅れました。私は当サーカスの支配人、ジェーヴァです。この度は、当方の依頼を受けていただき、ありがとうございます」
「あ、いえ。そんな……私は幸奈、こっちが妹の百花です」
「ももちゃんです」
「はい、よろしくお願いします」
やはり優雅で余裕のある笑み。なんか、なんとなくデジャヴ。うーん?
「ほてるのおじちゃんみたい」
「あ」
ももちゃんに言われて気付く。確かにグランド・アクアホテルの支配人ローヴィルさんに雰囲気が似てる。
「おや、ローヴィルを知っているのですか?」
「は、はい。色々とお世話になったり、依頼を受けたり」
1つ前の依頼は彼がクライアントだったし。
「なるほど……」
「お知り合いですか?」
「ふふ。親子ですよ」
「ええ!?」
似てるどころの騒ぎじゃなかった。
「息子が独り立ちしたからこそ、私はこうして道楽でサーカスなぞ出来るのです」
「ああ、そういうことなんですね。ということは、グランド・アクアホテルの前支配人はジェーヴァさん?」
彼は胸元に手を当てて、軽くアゴを引く。こういう所作が、サマになるね。
「まあ今は……しがない道楽ジジイでございます」
そう言って、ジェーヴァさんは身の上話を切り上げ、掌で一点をさす。さっき出てきた通用口かな。先導するように歩き出すので、私たちもついて行く。テントシートを軽く捲り上げると、中は事務所のようになっていた。
「ゆうびんきょく」
「そうだね。郵便局の事務所みたいだね」
郵便配達のクエストを受けた時に入らせてもらった部屋に似てる。
小部屋の中央には長テーブルと、それを挟むように椅子が左右に配置されてる。ジェーヴァさんはそのうちの2つを引いて、
「どうぞ、お掛けください」
と、勧めてくれる。私はももちゃんを抱っこして、1席に座ろうとする。けど。
「ももちゃんも、ひとりですわるの」
拒否られちゃったよね。そう言うけど、アナタ最後まで1人で座ってられないでしょ。
「すわるの」
「……」
こうなると聞かないんだから。結局、途中で退屈になってチョロチョロ動き回りそうだけど。
「それではお願いするお仕事の内容を話していきます」
私たちのやり取りが終わったところで、ジェーヴァさんが切り出す。
内容としては……つまりはチラシ配りらしい。どうもこのアクアサーカスは各地を巡業していて、今回は里帰り公演とのこと。ただSNSも無い世界なので、意外と帰って来てることを知らない人たちも居るらしい。折角の里帰りなのだから、町中の人に(実際に見に来るかは別として)周知したい。そこでチラシ配りというアイデアみたいだね。
配り終えたら自由ではあるけど、報告には戻って欲しい。またサーカスの席も用意するので、出来れば観て行って欲しいとのこと。
ちなみにここら辺の説明の途中で、ももちゃんが椅子から下りたので捕まえた。暴れる彼女に手を焼いてると、色々察してくれたジェーヴァさんが、公演に合わせて商う屋台の料理について話してくれた。それでピタリと大人しくなるんだから、ありがたいやら恥ずかしいやら。
「ももちゃん、ちらみすたべる」
「ティラミス、ね」
憎きティラノサウルスの『ティ』は発音できるのに、何故なのか。
まあとにかく、彼女が食べ物に想いを馳せて大人しくなっている間に、話は大詰め。
「最後に……お二人には衣装に着替えていただきます」
え? 衣装?
ジェーヴァさんが席を立つと、事務所の奥のカーテンを開ける。木製のハンガーに掛かっているのは、
「くまさん!」
そう。クマの着ぐるみだった。その隣に小さな服も。カラフルで目にも鮮やかな……アレはピエロの衣装か。どうやら、クマさんは私の方で、ももちゃんはピエロさんみたいだね。




