9-6:絵になったよ
「ちなみにコーチとかは居ないんですか?」
「あっちに合流したら居るね」
桟橋を挟んで海洋側。そこで訓練が行われている。
……いや、私たち超初心者だからあそこまで行くのも無理なんだけど。と、顔に出てたのか、ミッテさんが淡く発光を始める。
「しょうがねえなあ。回してやるよ」
言うやいなや、船がひとりでに進み始める。うわ、怖い怖い。
「~~♪♪」
ももちゃんはご機嫌で、私の腕の中でパタパタしてるけどね。
やがて船は旋回し、桟橋の反対側へ。私たちの接近に気付いて、漕いでいた人たちの手が止まる。一斉に振り向いた面々は……8割以上が子供だった。額に青い石が埋まった子も居る。ミッテさんの言う通り、アクア族でも最初は教室で習うんだね。
「「「「こんにちは!!」」」」
子供たちが声を揃えて挨拶してくれる。わわ、元気一杯だね。
「……」
ももちゃんがモジモジしてる。大人相手だったら元気にお返事できることが多いのに。沢山の同年代か少し年上相手は弱いのか。まあちょうど、新しいクラスに編入しちゃったみたいな構図だもんね。
顔を覗き込むと、唇を小さく尖らせてる。
「ほら、ももちゃん。こんにちはーって」
「……ちは」
小さな声だねえ。ただ向こうの子供たちは気にした風でもなく、
「かんこうきゃくさん?」
「どこからきたの?」
「なんさい?」
「おなまえはー?」
好奇心旺盛な瞳で、私たちを見つめてくる。
「あはは。そんなに一遍に質問したら、答えられないよ」
その後ろからコーチ(?)の女性が諌める。中年くらいのアクア族さんだ。更に同じくらいの年恰好の男性も。
「アタシたちはここで子供たちのための教室を開いてるんだ」
「もちろん観光客も歓迎だよ。二人もやってくかい?」
「はい、お願いします。あ、私たち幸奈と百花って言います」
「ももちゃん……です」
まだ少し人見知り気味だし。
「そうかい。幸奈とももちゃんだね」
「それじゃあ、みんな。二人も一緒に練習するから、仲良くするんだよ?」
「「「「「はーい!」」」」」
本当に編入生みたいなやり取りだね。
ももちゃんもはにかんだ笑顔を浮かべてる。
「よし、それじゃあ……二人はこっちに。イチから教えるよ」
というワケで、訓練スタートだ。
「もっと力抜いて。リズムだよ、リズムを意識して」
脱力。イチ、ニ、イチ、ニ。
「良くなってきてるよ~」
「おねえちゃんがんばれー!」
「ももちゃん、そのちょうしだよー!」
子供たちの声援が後押ししてくれる。チラリとももちゃんの方を見ると、ちょっと真っ直ぐ進み始めてるよね。彼女は子供用ボートで練習してるんだけど、私より筋が良いみたい。
ちなみに各船の動きにはコーチが常に目を光らせていて、少しでも転覆しそうになったら、水流を操って戻してくれる。安全管理がキチンとしてて心強い。まあそれと私が上達するかは全く別の話だけどさ。
「ブレードの部分が深すぎる。もっと背中を伸ばして、ブレードを少し浅めに」
背筋を伸ばして……ブレードを浅めに……
「あ」
掴んだかも。スーッと、今までに無いほど滑らかに船が進んだ感覚。景色も真っ直ぐ移動してる。
「それだ!」
やった! 凄い簡単。いざ出来たら、凄い簡単だよ。力はそんなに込めなくても良かったんだ。
「あはは。気持ち良い」
もう一度再現、もう一度、もう一度。やったよ、完全に掴んだっぽい。体が真っ直ぐ後ろに進んで行く感覚は感動モノだ。
よし、もっと……
「行き過ぎだー!」
「戻って来てー!」
「あぶないよー!」
「おねえちゃーん!」
あ。いつの間にか海洋に出すぎてしまっていた。ターンバックしたいところだけど、
「あ、あれ?」
いつも出来てた(というかそうなってた)グルグル旋回が出来ない。えっと、力加減が違うんだよね。
「こ、こうかな」
片方だけ力を込めて漕いでみると、徐々に回転していく。180°ターンできたところで、グッとオールに力を込めて静止。この状態でまた前進すれば……
「あ、あれ? 回っちゃう!?」
さっき掴んだばっかりのコツなのに。
「「「あははは」」」
子供たちに笑われてるし。
落ち着いて、落ち着いて。一旦、深呼吸してさっきの感覚を思い出す。そうしてもう一度、力を抜いて漕ぐと。
「よし」
真っ直ぐ進んだ。180°より多く回転したせいで、チームの居る方じゃなくて桟橋側に行ってるけど。
と、そこで。桟橋に腰掛け、抱えたスケッチブックへ一心不乱に筆を走らせるレッガン先生の姿が見えた。
「……」
私は首を巡らせる。懸命に船を漕ぐ子供たちの姿が見えた。
そうか。完成とは真逆で、だけど美しい風景。
「ふふ。なるほどね」
私は1人で頷いて、舳先をチームの方へ向ける。もう少し練習して、掴んだコツを体に覚えさせないとね。
………………
…………
……
「ありがとうございました」
「ました!」
姉妹で感謝を伝える。結局あれから20分ほど訓練を重ね、かなり上達したところでお開きとなった。まあ狭い水路とかは怖いけど、それなりの広さがある場所なら、割とスムーズに移動できるんじゃないかと。
ももちゃんに付き合う形だったけど、終わってみると「やって良かったなあ」とシミジミ思う。ももちゃんも(私より先に)コツを掴んで、スイスイ漕いで楽しそうだったし。
「さてと。レッガン先生は……」
「おえかきしてる?」
「うん」
まだまだ描いてる途中みたいだ。私たちは、そっと彼の背後に回ってみる。
「あ……ももちゃんもいる」
「本当だね」
一生懸命に練習する子供たちの中に、黒髪黒目のモチモチ体型少女が混じってる。
「ももちゃん、こんなにまるくないけどね」
……丸いけどね。
「ねえねもいるよ」
「うん」
絵の端の方に、私も居る。空回りしてるオールと、焦った表情。出来ればコツを掴んだ後の様子を描いて欲しかったなあ。
「……おじちゃん?」
さっきから背後で話してるのに、完全に無反応なレッガン先生。
「無駄だよ。レッガン先生は、一度集中しだすと飯も摂らないらしいからな」
ミッテさんが説明してくれる。流石はレッガンマニア。
まあマニアじゃなくても察しはつくけどね。2週間も部屋から出て来なかったから、私たちが呼ばれたワケだし。
「レッガン先生はアタシが送って行くよ。悪いけど、アンタたちは……」
うう。優先順位が『先生>私たち』だ。
「もうすぐ渡し船が何艘か来るよ」
「子供たちは親が迎えに来るけど、観光客用にね」
なるほど。ここで練習して上手くはなったけど、そのまま自力で帰れるほどの自信は無い人へのサービスだね。正直助かるよ。
と。噂をすれば、遠くに船影が見えてきた。
「くえすと、おわり?」
「うん」
なんか最後は私たちが知恵を絞ったっていうより、レッガン先生が自身の嗅覚で題材を見つけたって感じだったけど。まあ完了は完了ってことで。
船が近づいてくる。アレくらいの速度が出せるまでには……上達しないだろうなあ、私は。
「れっがんおじちゃん、ばいばい」
桟橋の先端に着ける船。そこへ向かう前に、ももちゃんがレッガン先生に小さく手を振った。まあ気付いてもらえないだろうな、と思ってたら……
「え?」
そっとレッガン先生が手を振り返してくれた。筆を握ってない方の手を軽く。それもすぐに止めてしまったけど……確かに振ってくれた。
「ふふふ♪」
嬉しそうなももちゃん。先生の傍に控えるミッテさんは驚いた表情。
私はなんだか、ほっこりと心が温かくなった。
「おーい、そっちの子たち、乗らないのかー?」
「あ、乗りまーす!」
「のります!」
最後に振り返って見た先生は、変わらず絵を描いていた。




