9ー4:ファンなんです
ホテルの外に出ると、ミッテの姐さんが乗る船が、タイミング良く近づいてきた。軽く手を挙げると、止まってくれる。
「よう。毎度」
「あはは、またよろしくお願いします」
ミッテさんが、ももちゃんの脇の下に手を入れて船へと下ろしてくれる。3回目だから、サービスも良くなったね。
「そっちの人は……」
「レッガン先生。画家の方なんです」
と、告げると。ミッテさんの目が大きく見開いた。
「う、ウソ!? あのレッガン先生!?」
「知ってるんですか?」
「当たり前だろ! この街でも個展が何度も開かれてる!」
そ、そうなんだ。このほんのり臭いオジサン、本当に凄い人だったんだ。
そして当の本人は興味無さそうにしてるし。
「ファンなんだ! じゃなかった。アタシ、ファンなんです。先生の絵を通して、世界を旅してるような感覚になるから……」
ミッテさんの言葉には熱がこもっている。まあ確かに、さっき見せてもらったアクアニルスの絵も、この街の生きた姿というか……表層だけじゃない所まで描き出してるように思えた。そういう細部をして、世界を旅してる感覚ということなんだろうね。
「ん? ああ……」
鈍い。本人が一番鈍い反応。
「俺は小難しいこと考えて描いてるワケじゃないからなあ。ビビッときた光景を、そのまま素直に紙に宿してるだけだ」
ああ……完全に天才の発言だ。故に人に教えられない。多分この先生は1代限りだろうなあ。レッガン流みたいなのは興らないと思う。
「あの……握手してもらっても良いですか?」
まだ先生は独特の香りを放ってるけど、気にもならないようで、ミッテさんは勝手に彼の手を握った。
「ん〜。変わった船頭だな」
アナタにだけは「変わってる」とは言われたくないと思うよ。
「幸奈、ももちゃん。別の船にするぞ」
「ああ!? ま、待ってください。アタシ、どこへでも連れて行きますから! タダで良いですから!」
凄い食いつきようだ。まあ行動力ありそうな人だなとは思ってたけど、運賃無料まで言い出すとは。
「いや、金は別に払うが……」
レッガン先生が引いてる。ミッテさんも、ある意味凄い人なのかも。
………………
…………
……
結局、彼女に押し切られるような形で、レッガン先生も船に乗り込んだ。
「それで、今日はどちらまで?」
「いや、実は……絵の題材を探していてな。当てもなく彷徨う予定だ。だから、1つ2つ回ったら次の船に」
「そんな! 今日は先生の貸切ですよ!」
「……」
そんな微妙そうな顔しないであげて。ファンなんだから、大事にしないと。
それに専属でついてくれるなら、行く先々で渡し船を捕まえる手間が省けるし。
「……まあ、そういうことなら頼むか。もし辺鄙な所に行ったら帰りの船を探すのも大変だしな」
先生も同じ考えに至ったみたいだ。というワケで、ここに貸切契約が成立した。
ミッテさんは喜色満面で、
「まずは、どちらへ!?」
「……花小路とやらに向かってくれ。俺が知らん間に出来た新しい名所だそうだ」
ミッテさんは元気一杯の「了解」を返し、水を操作し始める。淡く光る彼女をぼんやり見つめながら、
「混んでないと良いなあ……」
と、私は独り言ちたんだけど。
まあ案の定、花小路に辿り着く前に待機列が見えてしまったよね。
「うお。これ全部、その花小路とやらの待ちか……」
レッガン先生がゲンナリしてる。なんとなく予想はしてたけど、行列とか人混みとか苦手そうだもんね。
「どうします? 他の所に行きますか?」
ミッテさんが訊ねると、先生は目を閉じて考える。
「時間を置いたら、空くとかは無いのか?」
「最近はずっとこんな感じです。夕方遅くになれば……流石に減りますが」
そこまで待っちゃうと、今度は日没との戦いになるしなあ。
「ううむ。なら仕方ないな。絵のため、絵のため」
自分に言い聞かせるレッガン先生。待つことに決めたようだ。
船を滞留させると(水を操るから、錨とかも要らないみたい)、手持無沙汰になったミッテさんが船内へ向き直る。キラキラした瞳に、レッガン先生が鼻白んだ。質問攻めの予感がするんだろうね。
「あ、あの! アクアニルスにはお仕事で来られたんですか?」
案の定、始まったみたい。
「あ、ああ。2枚描いて欲しいと言われてな」
「どなたに?」
「外国の何とか言う……王子だな」
名前くらい覚えておこうよ……
しかし他国の王室にも名声が届いてるレベルか。本当に凄い人なんだなあ。
「凄い! 流石は先生ですね!」
「ん、あぁ……」
生返事。
やっぱり当の本人が一番その凄さを分かってない(ていうか興味無い)んだよね。
「あ、あの! アタシ、砂漠の絵が! オ、オアシスの絵が凄く好きで!」
「オアシス……ああ、マホロバの街の絵か」
「そ、そうです! エキゾチックで、吸い込まれるんじゃないかって錯覚するほどで!」
必死に魅力を語るミッテさん。ガチのファンなんだなあ。私もその絵を見てみたくなるほどに、彼女の全身から「好き」が溢れていた。
「あの街は大変だったな。1年に1度しか晴れない蜃気楼に覆われていてな」
先生も懐かしむように目を細めている。財布は忘れても、絵の題材のことは、ちゃんと覚えてるんだね。
「また訪れたいものだ。次はまた違う顔を描けるかも知れん」
マホロバの街、かあ。もしかしたら、今後のクエストで出てくるかもね。
と、話が一段落したところで。
『列の一番前までスキップしますか?』
親切機能が出てきた。久しぶりだね。
私は『はい』を選択。暗転を挟んだ後、パッと視界が戻った時には、待機列の一番前だった。
「あ、ももちゃんに〜〜幸奈ちゃんも〜〜」
花屋さんの軒先に張り出した拡張桟敷、その上からクオルさんが手を振ってくる。
受付のアルバイトさんも居る。ペコリと会釈し合ってから、
「クオルさん。こんにちは。大人3人と子供1人、お願いします」
「は〜〜い」
入場料をレッガンさんが払ってくれて、そのまま小路へと船は進む。
「ねえね、だっこ!」
言われた通り、ももちゃんを抱っこして、水中花が見えるようにしてあげる。2度目だけど、目をキラキラさせて美観に見入ってる。かくいう私も、やっぱり目を奪われてしまうんだけど。
「……」
レッガン先生は真剣な表情で上下左右の景色、水中花と順繰りに見つめている。絵の題材たりえるか。これで決定なら、楽で良いんだけど……
「うーん。美しい景色ではあるが……なんというか完成されすぎていてな」
あ、これはダメっぽい。
「完成されすぎている?」
ミッテさんがオウム返しに訊ねると、先生は頷いた。
「もう既に1枚目が完成された景色を描いているからな。なんというか……もうその方向性は十分というか」
先生自身も言語化しにくいみたいだ。完成されてない風景? それってどんな?
私たちも疑問符まみれだけど、先生は深く考え込んでいるみたいで、眉間に大きな皺を刻んでいた。
「……」
もう完全に自分の世界に入っちゃってるし。
私はももちゃんと顔を見合わせる。
「おじちゃん、きにいらなかったの?」
「ううん。そうじゃないけど、絵に描くのは嫌なんだって」
「?」
そうだよねえ。分かんないよねえ。けどクライアントがダメと言うんだから仕方ない。
「出ようか」
ミッテさんの言葉に、私は頷く。
そうして船は小路を出た。
これは……やっぱり一筋縄じゃいかなそうだね。




