1-5:初クエストを受けた
淡いブラウンの羊皮紙に達筆な文字が躍っている。
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No.1
<迷子の猫を捜して>
依頼者:城の兵士カイル
内容:飼い猫の捜索
報酬:8000G
フラワーコイン1枚
備考:まずは街の南にあるカイルの自宅で、詳しい話を聞こう。
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という内容だった。ももちゃんには難しくすぎて分からないかな。と思ったら、
「ねこさんをさがして。しろのへいたいさん、かいるより」
おお。これはもしかして。
「ももちゃん、平仮名で書いてある?」
「うん」
やっぱり。さっきの性格診断の時とは違って、同じ紙を見てるハズなんだけど。どうやらプレイヤーごとに違う文面が見えるように設定されてるみたいだね。
「取り敢えず、これを受けないと始まらないよね」
迷子の猫探し。大体こういうのが最初のクエストになるよね。
「そのクエストを受けるのかい?」
「はい。お願いします」
「それじゃあ、その紙を剥がしてこっちへ持ってきて」
ああ、そういうシステムなのね。じゃあ受けられるのは基本的に先着1パーティーってことか。まあこのゲームは他プレイヤーとの交流ナシだから、私たち以外に受ける可能性のある人とか居ないんだけどね。
私はその紙を剥がして、カウンターへ持って行く。すると、おばちゃん職員はその上にポンとハンコを押した。『受諾』と書かれている。
「これで、このクエストはアナタたちに優先権があるよ。失敗するか成功するか。とにかく結果が出るまで、他の人は受けられないんだ」
この言い草。もしかしたら今後、NPCと競合するようなイベントとかもあるのかな。
まあ今は考えずに、クエストを始めよう。
「ももちゃん、行こう」
「うん」
ももちゃんが小さく振り返って、おばさんに手を振る。向こうも頬を緩めて振り返してくれた。
そうして私たちはギルドを後にする。
「えっと」
「ねえね、こっちだよ?」
ももちゃんに引っ張られる。私が行こうとしてたのと反対側。ももちゃん、地図とか読めるし、方角が分かる子だからね。方向音痴の姉とは大違いだ。
頼りになる妹に先導してもらうと、広場に戻れた。噴水を中心に十字路になってるんだけど、右側のストリートへと矢印が伸びているのを発見。良かった、矢印無くなっちゃったのかと思った。
「左に行ったら、さっきのお城?」
「うん。ひだりじゃなくて、きた」
訂正されてしまった。
一応ね、視界の端の方にタブが見えてて、タップすると地図が出るみたいなんだけど。ももちゃんはそれを見てて、私は見ても分かんなさそうだからノータッチという。
気を取り直し、しばらく南下していくと。住宅街に出た。中央広場に近い辺りはキレイな建物が多かったけど、ここら辺は少しボロい。組んであるレンガの端が欠けていたり、木柵が朽ちかけていたり。
治安とかは……大丈夫だよね? 怖いイベントとかは起きないハズ。
「ねえね! あのひと!」
ももちゃんが小さな指でさした先。栗色の髪をした青年が、家の前に立っていた。その頭上には豆電球マークがついている。あの人が依頼人かな。
「こんにちは」
「ちは」
2人で声を掛けると、青年はこちらを向いた。精悍な顔つきに、ラフなシャツとズボン。海外からの観光客みあるね。
「こんにちは。もしかして、冒険者の人たちかい?」
「はい、そうです」
「良かった。困ってたんだ」
ホッとした表情で、私を見て……ももちゃんへと視線を下げる。モチモチほっぺとクリクリおめめの3歳児。身長は彼の半分にも満たないだろうか。
「……」
青年は口には出さないけど、不安になった模様。気持ちは分かるけどね。しかも彼は知らないけど、これが初クエストという。新米どころか素人と何も変わらない状態。
「と、とにかく。自己紹介しますね。私は城下幸奈。こっちは妹の百花です」
「ももちゃんです!」
「よろしく。僕はカイル。城の兵士をやっているんだ」
クエストの依頼書で見て知ってるけど、改めて。
歳も聞くと、私と同い年らしいのでタメ語で話させてもらうことに。
「それで、飼ってる猫が居なくなったということだけど」
「うん。少し城に詰めていて、家を空けてたんだ。そうして非番になって帰って来てみたら……」
「猫なんだし、どこか気ままに遊びに行ってるってことは?」
「いや、もう老猫だからね。そんなに出歩かないんだ。それに城帰りはいつも彼女が大好きなチーズを買って帰るから、必ず待ってるんだ」
それが昨日から全く姿を見せてくれないという。
「ねこさん、まいご? ねえねといっしょ?」
ねえねの方向音痴とは違うと思うけど。
ていうか、ももちゃんの中で「私=迷子になりやすい」ってイメージで定着してるのか……
「明日まで僕は休みだけど、見つけてあげないと、心配で仕事に戻れないよ」
それはそうだよね。
「お城に詰めてた間のご飯とかは?」
「それも用意してあったよ。毎食分小分けにして置いてあるんだ。いつもはそれをキチンと食べてくれてるんだけど……」
それも昨日の分が手付かずで置かれているという。ということは、昨日から失踪して家に戻ってない可能性があるってことか。
「ねこちゃん、おなかすかないの?」
「ももちゃんだったら、1日ご飯ナシって」
「や!」
とてもキッパリとした拒絶。
まあ実際、とても体には良くないことだよね。けど猫って結構すぐに食欲不振に陥るそうだから。友達に猫飼ってる子が居て、そういう話をよく聞く。
しかも今回のケースでは、失踪まで絡んでるからね。本当に心配だ。
「早く見つけてあげないと」
ももちゃんも悲しそうに小さな眉を曇らせている。
「心当たりのある場所から、探して行こうと思ってるんだ。手伝って欲しい」
「うん! それじゃ出発だね」
「しゅっぱつ!」
最初のクエスト『迷子の猫を捜して』開始だ。




