7-5:アクアホテルを訪れる
それから。ももちゃんはPR用の写真をフィルム一杯撮ってくれた。写真となったロール紙の分の粘土は純減だけど。早速、具現化した物を元に戻さないという小技が役に立った形だ。ちなみに長ったらしいので、今後はこの技や現象を『リメイン』と呼ぶことにする。
「これをホテルの掲示板とかに貼ってもらえたら最高だね」
果たして許可が出るかは未知数だけど。
まずは行ってみないことには、話は始まらないよね。
「それじゃあ~~行ってみようか~~」
舳先側に座ったクオルさんの体が淡く発光する。その光もまた、ツタのアーチに閉じ込められた楽園の中では幻想的に映る。本当に、この小路は絶対ウケるよ。
………………
…………
……
大運河のメインストリートへと出ると、すぐにあの大きなホテルの建物が見えてきた。遠目でも立派だったけど、すぐ近くまで来ると見上げなくちゃいけないレベルだ。
「待機列が出来てるね~~」
桟橋の近くに船が何艘も待っている。
「みんな、ここにはいるの?」
「そうだよ。その順番を待ってるの」
「じゃあ、なかはいっぱい?」
「多分ね」
大盛況だね。アクアニルス一番のホテルと聞くし、観光客は取り敢えずここに来る感じなんだろうね。
「あ、列が進んだよ~~」
一気に何艘か、人を下ろし終えたらしく去って行く。私たちの船も入れそうだね。無事、上陸。係の人に船を預けると、その人はスイーッと桟橋の裏手へと乗って行った。
「それじゃあ~~入ろうか~~」
ということで、宿泊客に紛れるようにして中へ。大きな正面玄関前にも、ドア係が居て、パワフルに開けてくれる。筋肉ムキムキおじさんだった。1日中、お客さんの出入りの度に、開け閉めしてたらああなるんだろうね。ももちゃんも二の腕のコブをジッと見上げてたし。
「「「「いらっしゃいませ!」」」」
うわ。凄い。一糸乱れぬお辞儀だ。ホテルパーソンが正面通路の左右に等間隔に並んで、折り目正しく頭を下げてくる。
……さっきから申し訳ないんだよね。私たちお客さんじゃないから。
「「「「ロビーはこの先を真っ直ぐでございます」」」」
クオルさんも居たたまれない様子で、小さくなる。私たちはコソコソと歩いて、エントランスを過ぎた。そして半円のカウンター(大理石製だ)まで来ると受付の女性におずおずと用件を伝えた。ちょっとだけ、お客じゃないと分かった途端に掌返しされないかと怖かったけど、
「はい。それでは支配人を呼びますので、少々お待ちくださいませ」
流石はプロ。笑顔も態度も崩さなかった。
彼女はそのまま、カウンター奥のドアを開けて中へと消えて行った。そして1分ほどして、スーツ姿の中年男性が出てくる。細身で足も長い。オールバックの髪はテカテカで、全体的にイケイケ感がある。
「ワタクシが当ホテルの支配人を務めております、ローヴィルです。ご用件は……広告を出したいということで、よろしかったですか?」
値踏みするような視線を感じる。小娘2人に幼児1人……まあ当然といえば当然か。
「ふーむ。まあそうですね……応接室の方でお話を聞きましょう」
なんとなく、いや確実に。気乗りしない雰囲気というか、穏便に帰す算段を内心で立ててるような。
ローヴィルさんはカウンターから出てきて、そのままロビーを横切った。私たちも黙ってついて行く。
彼は少し豪華な意匠のついた木扉の前で止まった。真鍮のノブを捻り、中へと入る。そしてドアを押さえ、私たちを先に通してくれた。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
私たちは部屋の中へ入る。壁には高そうな絵画が飾ってあり、床に敷いてある絨毯はフカフカだった。腰掛けたソファーも背中が沈み込むみたいで、とても上等な物なのが分かる。ももちゃんが座ったまま足をパタパタさせるので、そっと手で押さえた。
「……失礼します」
先程の女性が、飲み物を持ってきてくれた。私とクオルさんには紅茶、ももちゃんにはオレンジジュース。お礼を言って、一口だけ頂いた(ももちゃんは両手でコップを持ってグビグビいってたけど)。
「さて。それで広告を出したい物があるということでしたが……」
世間話もなく、ローヴィルさんは本題に入る。その態度からも言葉の端々からも「早く終わらせて仕事に戻りたい」というのが出てる気がするよ。きっと悪い人じゃないとは思うんだけど……
「えっと。はい」
クオルさんも少し消沈した面持ちで話し始め……全て聞き終わったところで、ローヴィルさんはアゴに手を当てて、そっと目を伏せた。
「個人のご趣味ですか…………それは何とも」
言葉を選んでいる風。ダメか、やっぱり。
と私とクオルさんが諦めかけた、その時。
「はなこうじ、きれいなんだよ」
ももちゃんが純真無垢に訴えた。
「あ、はは。そうなんだね。ウチも宣伝してあげたいのは山々なんだけど」
優しく諭しに入るローヴィルさんだったが、その前にももちゃんがポケットから写真の束を取り出す。
「ほら。ももちゃんがとったの!」
それをテーブルに置いた。訝しげな表情で覗き込んだローヴィルさんだったけど、すぐに目を丸くする。
「凄く精巧な絵だ。いやそれよりも……この景色は……」
穴が開くかというほどに見つめる。写真の束から1枚目を捲って、2枚目、3枚目……
「「「……」」」
私たちが固唾を飲んで見守っていると、ローヴィルさんはやがて顔を上げた。その表情は真剣そのもので、完全に空気が変わったことが窺える。
そして、
「素晴らしい。これなら、ええ、これなら街の新たなビュースポットたりえるでしょう」
ローヴィルさんは大きく頷いたのだった。




