7ー2:水の中の花小路
メインストリート(運河沿い)に出ると、渡し船を捕まえる。船頭さん(中学生くらいの男子にしか見えない)に、花屋さんまでの運賃を訊ねると……荷物も少ないし、600Gで行けるとのこと。
「じゃあ、お願い」
「はいよ」
ももちゃんと2人で乗り込む。移動にも頻繁にお金が掛かることを考えれば、この街では銀行に預ける余裕は無いかも。そして同時に、ここをメイン拠点には出来ないなあ、とも。
まあ観光地に永住するのは、色々大変なのは間違いないよね。日本でも、京都に住むのは大変と聞くし。
「〜〜♪♪」
ももちゃんは増強された魔法の粘土を触ってる。おっきくなって嬉しいんだね。
「よし、曲がるよ」
路地へ入る。そうして更に右へ、今度は左へ。あ、これ……仮に船を漕げるようになっても私1人じゃ行けないヤツだ。
そうして渡し船はひたすら進み……
「わあ」
なんとも雰囲気のある路地の入口が見えてきた。
水路を挟む建物の外壁にツタが絡みつき、そのツタからピンクの花が咲き乱れてる。それが左右両方から伸びてるものだから、花のアーチみたいだ。
「……花屋は路地の入口前の建物だ。停めるよ?」
「あ、うん。お願い」
桟橋のような物はなく、直接軒下に着けるような感じになった。私たちはやや手間取りながらも上陸。600Gを船頭さんに払うと、
「あんまりここら辺は渡しが来ないから、帰りは苦労すると思うよ」
という萎える忠告を頂いた。うう。専属タクシーが欲しい。けど、そんなことしたら破産しちゃうだろうし。
まあ気を取り直して。私は花屋さんの木扉を開く。その瞬間、花蜜や花弁が放つ独特の香りが鼻を刺した。
「いらっしゃいませ〜〜」
しゃがみ込んで作業していた店員さんが立ち上がる。やや大柄な女性だ。フンワリとウェーブのかかった赤毛。少し眠たげな奥二重に、口元の大きなホクロ。そして額には小さな青い石が埋まっている。アクア族さんだ。
「こ、こんにちは」
「あら〜〜もしかして〜〜冒険者さん?」
間延びした喋り方は、ポールさんを彷彿させるけど、彼ほど変な箇所で伸ばしてない感じ。
「あ、はい。ブロンズ冒険者の幸奈と、こっちは妹の百花です」
「ももちゃんです!」
「わあ〜〜そんなにちっちゃいのに〜〜冒険者さんなんだ〜〜凄いね〜〜」
ももちゃんが腰に裏拳を当てて、胸を張る。出たね、いばりんぼポーズ。
「アタシは〜〜クオルっていうの〜〜この店の店長だよ〜〜」
あ、この人が依頼人さんか。
「といっても〜〜アタシ以外〜〜従業員は居ないけどね〜〜」
そう言って「ふふふ」と笑うクオルさん。
「おはな、たくさん」
話そっちのけで、ももちゃんは店内を見回していた。
赤やオレンジ、黄色、白。本当に色んな花が咲いてる。
「潮に強い品種を〜〜集めてるの〜〜」
そうなんだね。まあアクアニルスの環境に適応できない花は難しいよね。よく見れば、水槽の中で育ててるのも結構あるし。
「って……凄いですね、これ。水中に完全に浸かってる」
水面や、水面近くで咲く花(藻など)は知ってるけど、これは完全に水中で咲いてる。造花じゃなくて、本当に生きてる品種が出てくるとは、予想外だったよ。
……恐るべし、ファンタジーお花パワー。まあ正にゲームだから出来ることだね。
「いき、できてるの?」
「みたいだね。でも、ゲームの中だけだからね? お家帰って、お花を水の中に沈めたりしたらダメだよ?」
「う? うん」
まあ今は家にも保育園にもお花は飾ってないハズだから、大丈夫だけどね。
「このお花を〜〜更に改良したのが〜〜花小路に咲いてるの〜〜」
クオルさんは、店の窓へと顔を向ける。さっき見た路地の方だね。
「そのお花のお世話が、今回のクエスト……でしたよね」
「そうなの〜〜実はね〜〜」
説明を始めかけて、だけどクオルさんが言葉を止める。
「まあ直接〜〜見てもらった方が〜〜早いね〜〜」
「えっと」
「船を出すから〜〜乗って〜〜」
クオルさんは私たちの横を抜けて、店の扉を開ける。そのまま出て行っちゃうので、私たちも慌てて続いた。
外に出ると、店の脇から小船が出てくるところだった。乗っているのは青いオーラを纏ったクオルさん。そのまま、店の正面(つまり私たちの真ん前)まで進んでくる。
「くおるさん、ぴかぴか!」
「ね。凄いね」
渡しの本職じゃない花屋のクオルさんでも余裕で水を操れるんだね。アクア族……不思議な人たちだ。
「それじゃあ〜〜乗って〜〜」
「あ、はい」
ももちゃんを先に乗せて、私も続く。
「しゅっぱーつ!」
何故か、ももちゃんが音頭を取ってしまう。クオルさんは微苦笑して、ももちゃん船長の指示に従ってくれた。
――ちゃぷ……ちゃぷ
のんびりした速度なので、舳先が水を割る音も聞こえる。そのまま船はゆっくり旋回して、店の横の通路入口を向く。さっきも見た花小路の入口、左右の外壁にはツタと花。片方は花屋さんだから良いとして。
「お向かいから苦情が来たりはしないんですか?」
「お向かいは〜〜知り合いの〜〜おばあちゃん」
元来、花好きな人らしく快諾してくれたそう。更にはクオルさんが渡し代わりになって、あちこち連れて行ってあげてるとも。外壁使用料みたいな感じになってるのかな。
「さあ〜〜入るよ〜〜」
ちょっと暗い小路だ。上を見ると、ツタがアーチのように覆い被さってる。凄い繁殖力だけど、全体的にちょっと不気味な感じも受ける。古い洋館の雰囲気というか。
「ここからだよ〜〜下を見て〜〜」
言われて、私は船縁に手を掛ける。そして恐る恐る下を見てみると……
「わあ……!」
見たこともない光景が広がっていた。色とりどりの花が水底から地上側に向かって咲いてる。花束を閉じ込めたレジンアートみたい。
そこへ、上空に張ったツタアーチの網目から零れ落ちる陽光が不規則に当たって……
「うわあ……!」
あまりにキレイすぎて、言葉を失ってしまう。
と。服の裾を引っ張られる感覚で我に返った。
「ももちゃん! ももちゃんも!」
そうだったね。
私は妹の小さな体を抱えて、膝の上に乗せる。彼女はお手々を船縁について、下を向いた。
「……」
ももちゃんも絶句。私はその横顔を覗き込む。お口をポカンと半開きにして、瞳はひたすら景色に見入っていた。
「ももちゃん、気に入った?」
「うん……」
生返事。
ちっちゃな子供でも、やっぱり絶景を見れば心動かされるものなんだね。




