6ー3:カイルくんの叔母さん
カイルくんも荷物を積み終わり、そのまま船に乗り込む。リアカーは放置しておけば、誰かが使うらしい。街の共用アイテム的な扱いだね。
「準備は良いかい?」
「うん。お願い」
男性は再び船の舳先近くに座る。そして少し沈黙した後……体が青く発光する。間近で見ると凄いね。まさにゲームのキャラだ。
「出発」
そう呟いた途端、車のクリープくらいの速さで船が進み出す。
「〜〜♪♪」
ももちゃんが歓声を上げた。さっきまで、ちょっと不安そうにしてたのに。
「すずしい!」
水上を進めば、小さく風の抵抗を受ける。潮の香りも僅かにした。凄いね、ニオイまで再現できるんだ。
「気持ち良いね」
ジェットのような速さは出ないけど(ていうか出たら怖くて無理だけど)、これくらいの方が自然を肌で感じられて良い。船から少しだけ身を乗り出して、水面を見る。エメラルドグリーンの美しい色合いに、船体が緩やかな波を打たせている。
「ねえね、ももちゃんも」
「危ないから、お顔まで出したらダメだよ?」
言い含めてから、膝の上に抱く。口を半開きにして、船の外を見るももちゃん。その小さな瞳に、この景色はどう映ってるのかな。
「……そこの路地を入るよ」
船頭の男性が、小さく告げる。すると船体がゆっくりと左へ。少しだけ遠心力が体に掛かって、
「なんかぐにゃってする」
ももちゃんも敏感に感じ取ったみたい。これを何度も続けると、いわゆる1つの船酔いっていう状態になっちゃうんだね、きっと。
ただ、この船は一度の左折だけで、後はずっと真っ直ぐに進んでる。
「ここいら一帯は、街の中でも一等古いね」
確かに船頭さんの言う通り、運河沿いの建物と比べると年季が入ってる外観だ。所々レンガも欠けていたり、窓の木枠が外れかかっていたり。でも何故か、古びた西欧風の建物には、それはそれで趣があるんだよね。
「見えてきた」
背後でカイルくんが膝立ちになる気配。ベシーちゃんも「なあ~」と低い声で鳴いた。
私たちも目を凝らすけど、どの建物か全く見当もつかない。狭い水路にせり出すように建つ左右の建物をグルグル見ていると。
「あ」
玄関先に桟橋を延ばしている、とある建物。その玄関扉の前に立っている女性が、こちらに手を振っていた。
「叔母さん」
なんとなく察しはついてたけど、彼女がカイルくんの叔母さん。
船頭さんが船の速度を下げて、ゆっくりと桟橋へ近づけていく。
「ありがとう……2000Gだったね?」
カイルくんが船頭さんに金貨を2枚渡す。けどそのうちの1枚が、彼の手元へ戻ってきた。
「アクアニルスの新しい仲間に、俺からの歓迎と祝福だ。水の加護のあらんことを」
船頭さんはそう言って、振り返ると。キラリと白い歯を覗かせて笑った。うん、粋だ。
と、改めて彼の顔を近くで見てみれば。額のところに青い小さな宝石のような物が埋まっている。ビンディの青バージョンみたいな。アレが魔法の源なのかも。
「ありがとう。それじゃあ荷物を下ろしていくよ」
カイルくんは木箱をテキパキと桟橋に下ろしていく。そしてそのまま船から上がって、自身も桟橋へ。腹這いのようになって、ももちゃんを抱え上げる。私も慌てて、そちらへ移った。渡る時に一瞬、桟橋を支える木柱が見えて、そこには貝がへばりついていた。細部まで再現してて凄いね。
「ばいばい!」
ももちゃんと手を振って、渡し船を見送って。すぐに体ごと叔母さんへ向き直った。彼女は甥っ子と無言で抱き締め合い……その背中をポンポンと叩いていた。両親を亡くして、1人きり(+ベシーちゃんも居るけど)で暮らしていた甥。彼女自身も兄弟を亡くしていることになるワケだから……
「……」
私は小さな妹に、そっと体を寄せる。ももちゃんも何か感じるところがあるのか、大人しくしていた。
私たちはそのまま数秒、家族の再会を見守り……
やがて、2人の抱擁が解かれる。
「ゴメンなさいね。お待たせしてしまって」
叔母さんは小さく眉根を下げて、私たちに向き直る。
「いえ。お気になさらず。私は……カイルくんの依頼で同行しているブロンズ冒険者の幸奈です」
「ももちゃんです! さんさいです!」
元気なご挨拶。しんみりした雰囲気を感じ取って、子供ながらに明るくしているのかも知れない。
「まあ……可愛い冒険者さんね」
叔母さんは腰を落として、ももちゃんの頭を撫でる。
「私はカイルの母の妹で、ヒューリンよ。よろしくね」
手を差し出してくるので、私も応じる。次いでももちゃんも握手。
「それで、えっと。この建物は……ヒューリンさんの?」
「ええ。私が管理してる建物の内の1つよ」
この口振りからして、不動産持ちって感じだ。失礼ながら、チラリとお召し物を観察させてもらうと……キレイなレースの入った浅黄色のカーディガンは、明らかに高そうで。スカートもシルクみたいな光沢とキメ細やかさ。また化粧品も街の人たちより上等な物を使ってるらしく、お顔のビジュも完璧だ。
……うん。まごうことなく上流階級だね。
「僕はこのアパートの管理人として、住み込みで働くことになってるんだ」
と、カイルくんが種明かし。宿直で家を離れる仕事ではなくて、けどベシーちゃんと一緒に居られる。そういうことか。
「正直、人手が足りなくて手放そうかと思ってた物件なのよ。そこへカイルがね」
甥を優しく見やるヒューリンさん。
「けど、もっと早く頼ってくれても良かったのに」
「それは……うん。ゴメン、ありがとう」
カイルくんの気持ちも、もちろん分かるよ。借家とはいえ、家族と一緒に育った家と街。そこで暮らせるならそれが一番だし。何よりやっぱり親戚とはいえ、簡単にお世話になるのもね。
……まあでも、何にせよ。これからはカイルくんとベシーちゃんはこのアパートに住んで働くんだ。
「それで……僕の部屋は結構汚れてるみたいでね」
「ん?」
「大掃除、手伝って欲しいなって」
あー、うん。ここまで馬車の手配から荷物まで、私たち何一つ手伝ってないなとは思ってたけど。なるほど、呼ばれたのはこのためだったんだね。
「うん、分かった。ももちゃん、年末の予行演習だよ!」
「う? うん!」
あんまりよく分かってなさそうだけど。ももちゃんも私の勢いに押されて頷くのだった。




