5-7:罠を作ろう
地下の宝物庫へと続く階段。それはこの中二階の調理場の脇を抜けた細い廊下の先にあるらしい。1階から下りたらすぐにここの大扉だから、廊下が続いてるなんて全く気付かなかった。そういう意識の間隙を利用したような造りなのかも知れない。
「姫様はすぐ調子に乗る性格ですから。ここまでバレずに戻って来られた時に、必ず隙が生まれます」
うーん。酷い言われよう。
「最後に、もう1回くらいつまみ食いしてもバレないだろう、と?」
アロッカさんが訊ねると、メイド長さんは大きく頷いた。
「そこで大好物の肉料理を見つければ、決してスルーは出来ないでしょうね」
というワケで、他の調理人さんたちは、現在急ピッチでステーキを焼いている。香ばしいニオイが部屋中に充満し、ももちゃんの目もキラキラしてる。うん、アナタ用じゃないんだけどね。
「ももちゃんは、捕獲用の罠を作らないとね」
「わな?」
「うん。こういうヤツを……」
言いながら、私は検索窓を開く。シートの上にトリモチが塗りつけられている罠の画像。なるべくカルア姫を傷つけずに捕獲するには、網かモチの二択だったんだけど、結局こっちにした。
ただ少しだけ懸念点もあって。
「これ、作れるかな? シートの上に、ネバネバのトリモチっていうのを着けてるんだけど」
「とちもち!」
自分が通ってる保育園の名前かと思って、ももちゃんは喜ぶけど。ちょっと違うんだよねえ。
「ももちゃん、おもち持ったらさ、お手々がベトベトになるでしょ」
「うん。ねえねがふく」
ナチュラルにお世話してもらう前提……
「……アレをもっとベトベトにしたのを作れるかな?」
シートだけ作ってもダメだろうから、やっぱりトリモチはそれなりに再現の努力はしないと厳しいんじゃないかと。
「ん~」
ももちゃんが考え込む。そして、
「おみず、たす」
ああ、なるほど。それでベタベタ感を出せば、判定もクリアできるかも。
ももちゃんが早速掌でペッタンコして粘土のシートを作った。その脇に小さな丸を幾つも作っていく。「モチ」と聞いて、ももちゃんはこの形にしたみたいだ。
私はアロッカさんに断って、調理場の水桶からお水を拝借。そのモチにピチャピチャと掛けてみた。すぐにももちゃんがコネコネ。泥団子みたいになっちゃったよね。
だけど、それで判定オッケーだったのか……粘土が徐々に具現化していく。白っぽいシートの上に、透明のネバネバが載った物体。やったね。
「これを踏み台のステップの上に……」
高い所の食器などを取る用にか、調理場には木製の踏み台があった。それをテーブル脇に配置し、2段目辺りにトリモチシートを置いてやれば。
「はい。こちらで完成ですね。ありがとうございます」
メイド長さんが満足げに頷く。と、同時。
「こっちも焼き上がったよ」
「ほい、お皿」
ステーキも完成したみたいで、皿に乗ったお肉がやってくる。ももちゃんが物欲しそうな目で見上げるけど、皿は彼女の背では届かないテーブルの上に置かれてしまった。
「これで準備完了ですね」
自信満々に言うメイド長さんだけど、こんな見え見えの罠に本当に掛かってくれるのかなあ。
「さあ。私たちは隠れていましょう。調理人の皆さんも、なるべく自然に作業をしていて下さい」
疑問に思いつつも、メイド長さんに従って、私とももちゃんも身を隠す。掃除用具入れの中にメイド長さんと共に潜伏した。ロッカーみたいな上等な物じゃなくて、木箱(広場にある集荷用ポストと同じ造り)タイプ。中から蓋を少しだけ持ち上げて、調理場の様子を見守る。
「ももちゃん、声出しちゃダメよ?」
小声で伝えると、ももちゃんが暗がりの中で、お口に両手を当てるのが見えた。お利口さんなので、頭を優しく撫でる。
「……来ましたね」
メイド長さんの静かな声。開け放たれた調理場の扉、その向こうの階段を見据えている。
言われて、私も目を凝らしてみると……僅かに金色の毛がフワフワ揺れているのが見えた。外跳ねカールの一部かな。
「ああ……」
そうか。最初に見た金の残像も、見間違いとかじゃなかったんだ。
「……」
その金の髪束は、上下に小さく揺れながら近づいてくる。階段を下りる度に、フワフワ揺れてるんだね。
この調理場には入らず、部屋の横を抜けた下り階段へ向かえば……そこが宝物庫らしいけど。
「……」
金のフワフワは、立ち止まる。少し迷っているようだけど……やがて直進を選んでしまった。真っ直ぐ、こちらへ下りてくる。
ああ……最後のチャンスだったのにね。
――コツ
少しだけ靴音を鳴らしてしまったフワフワさん。ビクッとして立ち止まり、恐る恐る調理人さんたちの方を窺ってる様子だ。彼らは全員、脇目も振らず料理を続けている。
「……」
いよいよ、テーブルの前へ。腕の中のももちゃんが身を乗り出すのが分かった。念の為、そのお口を押さえる。
――コト
小さな音。1段目に登ったみたいだ。少しだけマントがズレたらしく、頭が全部見えてしまう。キレイな金色、その左右に2本のカール。頭頂にも1本のアホ毛さん。
うん。やっぱり間違いなくカルアちゃんだ。
「っ!」
ズレたのが分かったのか、慌ててマントを引き上げる動作。次の瞬間には、すっぽりと金色は隠れてしまった。本当に凄いね、インビジブルマント。
そして遂に。
――コト
2段目に乗った。今度はマントの中から、白くて小さな腕が出てくる。それを目一杯伸ばし、テーブルの上のステーキを指で摘んだ。腕がマントの中へ引っ込む。
――もちゃ、もちゃ
ああ。やってしまった。
次の瞬間、私の隣のメイド長さんが用具入れの蓋を中から押し上げる。そしてそのまま立ち上がった。ガタンと派手な音を立てて落ちる木蓋。
「っ!?」
カルア姫も慌てて振り向こうとして……
「んな!?」
足が動かないことに気付く。そのままバランスを崩して、ステップの上に尻餅をついてしまう。マントも外れ、1段目までズリ落ちてしまった。
「なんですの!? これは!」
お尻と足裏がペッタリくっついてしまっているカルア姫は、状況も忘れて叫んだ。
そこへ悠然と歩み寄るメイド長さん。私たちも少し遅れてついて行く。調理人さんたちも集まってきて……
「あ、あら? これは……ワタクシ、ピンチですの?」
メイド長さんは静かに首を横に振る。
「いいえ。詰み、でございます」
カルア姫は私たちをグルリ見回し、次いで動けない自分の体を見下ろし……最後にガックリと項垂れたのだった。




