2-5:馬車の一大事
人波を掻き分け、橋を越えて……その光景を見た。馬車の車輪が外れ、車体が斜めに着地してしまってる。馬は無事っぽくて、「ぶるるる」と小さな鳴き声も聞こえた。
「オルディアさん!」
馬車の近くに、彼女が居た。隣には彼女と同じくらい細身の男性。あの人が旦那さんかな。
「2人とも! 来てくれたのね」
駆け寄って合流。改めて旦那さんを見るけど、少し腕を擦り剝いている以外は大きな外傷は無さそう。
「ありがとう。おかげさまで、主人は無事よ」
オルディアさんの声には安堵が滲んでる。旦那さんも小さく目礼してくれるので、私も返しておいた。
「事故だーって、みんな大袈裟に騒いでたけど。はは、実際は馬車の車輪が外れただけさ」
旦那さんが笑うが、
「だけ、じゃないでしょ!? 古くなってるのを、いつまでも使えるからって……アナタいつもそうじゃないの! この間だって……」
オルディアさんからの叱責が始まってしまった。ウチのパパママと同じような構図。どこの家庭も、こんなモンなのかなあ。
ももちゃんもジッと見てるけど、内心はパパママを思い浮かべてるかも。
まあとにかく、人的被害が無かったのは不幸中の幸いだね。
「でも老朽化だけで、外れちゃうものなんですね」
私の言葉に、旦那さんが苦い顔をする。
「ちょっと荷物も載せすぎちゃったからね」
荷台にはシートが被せてあるけど、確かにこんもりしてる。
「アレの中身は……」
「小麦粉だよ。オルディアが新作を作るっていうからさ。張り切って仕入れすぎちゃった」
「アナタ……」
妻を応援したいという一心でやり過ぎてしまった結果か。これだとオルディアさんも強く怒れないね。まあもう既にプリプリ怒って小言を連ねた後だけど。
「なんだ。結局またケーキ屋のイチャイチャかよ」
「あほくさ。帰ろう帰ろう」
「まあ無事で良かったんじゃないの」
徐々に野次馬たちも散っていく。悪態のようなセリフだけど、愛あるイジリみたいな響きがあった。なんだかんだ、みんな心配してたんだね。
「いや。手伝ってくれても……」
旦那さんの小声でのリクエストは誰にも届かず。
まあここからは、便利屋……じゃなかった、冒険者の私たちの出番でしょう。
「ももちゃん」
「うん!」
カバンから取り出した粘土を構えるももちゃん。私が何か言う前に、馬車の後ろに近づいて行って、無事な方の後部車輪を観察する。
「ももちゃん? 一体何を?」
オルディアさんが怪訝そうにするけど、私は目で制する。ももちゃんは私たちには構わず、その場にしゃがみこんだ。コネコネと粘土をこね始め、両手で紙縒を作るようにして、粘土を細くしていく。そしてそれを円状に繋いだ。
「もしかして、車輪を作ってるのかな?」
旦那さんが気づいたみたいだ。
「そうです。ももちゃんが工作してるのは魔法の粘土なんですよ。アレで作った物は現実に実体化するんです」
「ということは、壊れた車輪の代わりになってくれるということかしら」
頷いて返す。話している間にも、ももちゃんの手は休まず。ハブとスポークも作って外周に繋げて、
「できた!」
完成みたい。ご夫婦も口々に「速い」「凄い」と絶賛。ちょっと鼻高々のももちゃんを他所に、粘土の車輪は具現化する。相変わらず縮尺がおかしいけど、他の3つと同じサイズにまで大きくなってくれた。
「おお!」
「本当に魔法みたいね!」
ただ、これを車体に嵌めないといけないんだけど……
「おう。どうしたんだい?」
突然の第三者の声に、全員で振り返る。筋骨隆々、スキンヘッドの偉丈夫が立っていた。
「デグルスさん」
オルディアさんが名前を呼んだ。お知り合いみたい。
……ていうか、デグルスっていう名前、どこかで。
「青年団の団長をしてるデグルスさんだよ」
旦那さんの補足に、「あ」と声が出る。そうだ。後回しにした『No.2』のクエスト、あれの依頼者さんだ。
そのデグルスさんは私を見下ろした。
「う」
ちょっと怖い人? 威圧感がある。ももちゃんがササッと私の後ろに隠れた。
2秒ほど間があってから、
「デグルスだ。よろしくな、新米冒険者さんたちよ」
そう言って、大きな手を差し出してきた。
もしかしてだけど……今の間って。先に『No.2』をこなしてたら、「また会ったな」的なセリフだったところを、AIが空気読んで変えたって感じかも。
いや、そういうの考えたらつまらなくなるから止めとこうか。
「よろしくお願いします。私は城下幸奈です」
そう答えて、ゴツイ手と握手した。岩を握ったみたいだった。
「そっちのちっせえのは……」
「妹の百花です」
足元に隠れているももちゃんの背中をそっと押す。
「……ももちゃん、です」
自分でも、おずおずと自己紹介した。デグルスさんはそっと腰を落とすと、ももちゃんに視線を合わせる。そして大きな手の人差し指と中指だけ差し出して。
「よろしくな、ももちゃん」
小さなももちゃんの手と握手した。見た目でビビっちゃったけど、優しい人みたいだね。良かった。なんせ、次の依頼者だし。
「それで、まあ大体状況は分かるけどよ……この馬車を持ち上げりゃ良いのか?」
壊れた車輪と、新品らしき車輪。斜めに着地している馬車。パンパンの荷台。
ここら辺を合わせて、正しく汲み取ってくれたみたいだね。というか、この様子だと騒ぎを聞きつけてじゃなくて、本当に偶然通りかかっただけかな。だとしたらラッキーだ。
「お願い出来るかしら?」
「おう。お安い御用だぜ」
大きく発達した胸筋を張って、ドンと叩いた。
そしてそのまま、デグルスさんは馬車の後ろ、鉄部に手を掛けると、
「おらああああああああ!!」
なんと1人で持ち上げてしまう。車体が斜めから水平に。
「アナタ!」
「あ、ああ!」
旦那さんが、ももちゃんお手製の車輪を掴み、駆け寄っていく。そして車輪の外れている左後部にしゃがみ込むと、10秒ほど作業し、
「オッケー! もう下ろして大丈夫!」
その声を聞いて、デグルスさんもゆっくり車体を下ろした。




