2-1:カートももちゃん
ガラガラ、ガラガラ。車輪とアスファルトが擦れる音がした。その合間に、園児たちの甲高い声が絶え間なく挟まる。先生たちが頑張って押して、チビちゃんたちが3~4人×2列で乗り込んでいる……アレはいわゆる1つの『お散歩カート』だ。
「とちもち保育園のかな」
少し遠いので、カートボディに載ってるであろう園の名前は見えないけど、人が押している時点でね。「とちもち保育園」はここら辺では珍しい、敢えて保育ロボットを導入していない園だから。
と、そこで。
「ねえね!」
ももちゃんの声。2台連なっているカートの後ろ側、そこから聞こえたみたいだ。寄っていくと、妹の顔が見えた。今日は少し寒いからか、完全にリンゴちゃんほっぺになってる。お友達も同じような顔で並んでるので、思わず鼻から息を漏らしてしまった。
「ももちゃん。お散歩?」
「うん! うんどう!」
運動してるのは先生なんだよなあ。
「ももちゃんのお姉さん、こんにちは」
「あ、こんにちは。お世話になってます」
引率の先生が4人ほど。みなさんが会釈してくれるので、こちらも返しておく。
「今日は……」
先生の言葉が止まる。大学生は服装からでは、オンかオフか分からないもんね。
今日は2限から3限まで授業が無く、4限目から再度大学へという状況だった。家も近いし、定期もあるしということで、こういう日は一旦帰ることが多いんだよね。
というような話を簡単にすると、先生は、
「そうですかあ。授業、頑張ってくださいね」
と。少しだけ残念そうに見えるのは、1人でも園児を削ってくれることを期待したせいかも知れない。そしてテイクアウトしてくれると思ってたのは、ももちゃんも同じみたいで。
「ねえね、おむかえじゃないの……?」
そんな寂しそうな顔しないで。園が終わる頃にはママが迎えに来るから。
頭を撫でて、リンゴちゃんも撫でて。どうにか宥めて、納得してもらう。そして後ろ髪を引かれながら、大学へと戻った。なんというか、今後は通学途中に会わないように遠回りした方が良いね。ヘタに会ったら、ももちゃんも期待しちゃうし、可哀想だ。
「……」
お友達と上手くいってないってことは無いそうだけど。それでもやっぱり、おうちで家族と一緒の方が良いんだよね。
明日はお休みだし、『ブロッサム・クエスト』で思いっきり遊び回ろう。それでももちゃんも、少しでもストレス解消になれば良いね。
講義も終わり、家へと戻る。既にももちゃんもママも帰宅していた。ももちゃんはタタタと駆けて、足に抱き着いてくる。パパじゃないけど、このお迎えで1日の疲れの大部分が吹き飛んじゃうよね。
「ももちゃん。ただいま」
足に絡みついてくる辺り、やっぱり昼下がりに会ったのが尾を引いてるかも。しゃがんで、彼女を正面から抱き締める。小さな体とポカポカ体温。ほっぺも擦り合わせると、
「やあ~ふふ」
くすぐったそうに笑ってくれた。私も釣られて頬が緩む。
離れがたいので、そのまま抱っこして、リビングへと入った。ママが夕飯の準備をしているのが見える。首だけ振り返って「おかえり」と言ってくれるけど……そこで私たちの合体フォームを見つけて苦笑した。
食後。昨日と同じように私の部屋でVRマットを広げた。ちなみにママも1階でプレイの様子をモニターするらしい。それくらいなら参加しなよと言ったんだけど……労働後にゲームでエクササイズっていうのもキツイみたいで。
……仕事あがりにジムに通ってる社会人の人って凄いよね。そう考えると。
「よし、それじゃあ早速始めようか」
ももちゃんにゴーグルを着けてあげて、私も装着。早速タイトル画面に移るので『続きから』を選択した。少しだけ暗転の間があって、
「あ。ギルドの前」
昨日やめた場所からスタートだね。と、視界の端にメッセージが浮き上がってくる。
『クエストを達成したら、スタータス画面を確認してみよう。何か変化があるかも』
とのこと。言われた通りにしてみる。
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名前:城下幸奈
年齢:20
職業:大学生
得意なこと:料理
子供をあやすこと
苦手なこと:地図を読むこと
性格:動物好き
温和
達成クエスト数:1
所持フラワーコイン:1/100
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おお、新しい項目が出来てる。
ももちゃんの方のステータス画面にも同じもの(もちろん平仮名にひらかれてるけど)が載っていた。
「これでいつでも確認できるね」
と言っても、フラワーコインは自分で持ってるから、最悪数えたら分かるけどね。
「そういえば……お金やコインを入れる袋も買いに行った方が良いね」
受付さんに貰った袋の中を改めて見てみる。銀貨が8枚入ってるから……1枚当たり1000Gってことかな。今後も増えていくとなれば、この簡素な袋だけじゃ足りないだろうし。正直、銀行があると一番助かるんだよね。
受付さんに相談してみようか。
「ぎるど、はいらないの?」
「あ、うん。入るよ」
玄関ドアを押し開ける。ももちゃんもチョコチョコついてきて、先に入って行った。私も続くと……
「あら、いらっしゃい。今日も依頼かい?」
受付さんが声を掛けてくれる。今更だけどネームプレートを見ると『パール』とあった。ちょっと呼んでみようかな。
「こんにちは、パールさん」
パールさんは「あれ? 名乗ったかな」という顔をして、すぐに自分の胸プレートを見て納得した表情に変わった。うん、流石ここら辺はNPCでも自然だね。
「くえすと!」
ももちゃんの元気一杯の声にパールさんは優しく微笑んで、そっと掲示板を指さした。
「ももちゃん、新しいクエスト出てるって」
大喜びでピョンピョンするももちゃん。両腕を私の方へ伸ばしてくるので、抱っこ。2人で見てみると、なんと2枚も貼りだされていた。




