1ー1:お迎え
4限終了のチャイムと共に、私はテキスト類を手早くまとめる。教授の「今日はここまでですね」という声と同時に、席を立ちあがった。
「あれ? 今日って、妹さんのお迎え?」
隣の席の友達が訊ねてくる。
「うん。ママが行けないみたいで」
答えながらもカバンを肩に掛け、
「じゃあ」
挨拶もそこそこに、教室を後にした。
そのまま大学から駅へと早足で歩き、電車に乗る。15分ほど揺られてホームタウンに戻ってくると、駅から徒歩2分の我が家へ。家屋には入らず、駐輪場からママの自転車を引っ張り出してくる。ももちゃんを乗せるチャイルドシートが後ろについている上、電動のバッテリーも嵌っているから重い。
「よいしょ」
ただ乗ったら楽々なんだよね。漕ぎだしが全然違う。
軽快に進み、これまた自宅から程近い『とちもち保育園』にももちゃんを迎えに行った。
ちょっとだけ早めに来れたおかげか、お迎えラッシュと鉢合わせずに済んだ。ラッキーだ。
「こんにちはー」
園の通用口から中へと呼びかける。お庭で作業をしていた先生が気づいて、駆け寄って来てくれる。
「こんにちは、百花ちゃんですね」
「はい。お願いします」
既にママから連絡は入れてあるから、話が早い。先生は園の建物内へ首だけ突っ込むと、中に声を掛けた。多分、ももちゃんに帰る支度を促したんだと思う。そして先生はこちらに戻ってくる。
このパターンは……ももちゃんが居ない所で、申し送りがある時のヤツ。
「ももちゃん、何かありました?」
「ああ、いえいえ。とても良い子で居てくれました。得意の粘土のお遊戯なんて、クラスで一番でしたし」
まずは子供を褒めるところから入る。先生も流石に慣れてるよね。
「ただ……」
やっぱり良い話だけで終わるハズもなく。
「お友だちにオヤツを貰ってしまったみたいで……私たちも気を付けて見ていたつもりなんですが……」
ああ……またか。クラスに1人、少食の子が居るみたいで、その子と仲が良いももちゃんは、お遊戯を手伝う見返りに、オヤツを分けてもらうという手口を覚えてしまっているのだ。
「……そうですか。またオヤツを」
先生たちの目も万能じゃない。他の子がグズりだした隙を突けば、そういった闇取引も出来ちゃうんだろう。
「申し訳ありません」
「いえ、そんな……私からも注意しておきます」
一番悪いのは、欲を抑えきれないももちゃん……いや、丸っこくて可愛いからと好きに食べさせてきた私たち家族だ。
と。話が一段落したところで。建物の入口に、別の先生とももちゃんが現れた。
ももちゃんは私の姿を認めると、笑顔を浮かべて走ってくる。少し腰を落として迎え撃つと、そのままドーンと突進された。
「う」
重い一撃。
「ねえね!」
ももちゃんがハグから顔を離し、見上げてくる。ぱちくりおめめに、ぷくぷくほっぺ。
「おかえり」
頭を撫でる。ふにゃふにゃの猫みたいな毛。掌が気持ち良い。フワリとお日様のニオイ。今日も沢山遊んだみたいだね。
「ももちゃん、いちばん!」
ん? ああ、粘土のことね。
「凄いね! またクラスで一番だったんだね?」
既に先生から聞いてるけど、初めて聞く体で。
「今日は何を作ったの?」
「ぷてやのどん!」
またプテラノドンかあ。
パパが子供の頃に見てた恐竜図鑑、恐ろしく物持ちの良い我が家の物置に埋蔵していたところを最近発掘されたんだけど。ももちゃんは今現在、それに夢中で……気付くと何故かプテラノドン推しになってたという。
「教室に飾ってありますよ? 見ますか?」
ももちゃんを連れてきてくれた先生が提案してくれるけど、
「だ、大丈夫です。家でもしょっちゅう作って見せてくれてるので……」
ぶっちゃけ食傷気味まである。
その後、先生たちに挨拶をして。私たち姉妹は自転車に乗り込み、保育園を後にした。
自転車を漕ぎながら……あの話をしないワケにもいかないので、切り出す。
「ももちゃん、またカエデちゃんにオヤツ貰ったの?」
訊ねるてみるけど……後部チャイルドシートからは返事が無い。聞こえなかったフリをするつもりかな。
「ももちゃん?」
少し語気を強めて名前を呼ぶと、
「……ちらない」
しらばっくれた。
ちらないハズないんだけどなあ。先生からバッチリ聞いたのに。
普段ならウソついてる、ついてないの水掛け論をしなくちゃいけないところだけど、今日の私は一味違う。
「ももちゃん、じゃあね……今日ねえねと一緒にゲームしてくれたら、オヤツのこともう言わない」
「ほんと!? げーむ! ももちゃん、げーむする!」
大喜び。追求を避けられたばかりか、楽しいゲームまでさせてもらえる。ももちゃんからすれば濡れ手に粟の状況だもんね。
「ねえね、だいしゅき!」
「ふふ」
この調子なら、私がゲームに誘導した真の意図に気付かれることはなさそうだね。
………………
…………
……
家に帰り着くと、すぐにドローン配送便の手配をした。
手洗い、うがい、洗顔。ももちゃんのも手伝ってあげて、終わった頃にちょうど。
――ピピピ
私の端末が震える。お届け完了を知らせる電子音だった。玄関扉を開けると、宅配ボックスの中から、荷物を取り出す。
VRマット。ダイブ型VRゲームが隆盛を誇る昨今、その補助デバイスも沢山開発されている。その中の1つ、ゲーム世界と連動させて、現実世界で体を動かすための補助装置が、このマットだ。
「なあに? それ」
私の後ろをついて来ていたももちゃんが小首を傾げる。
「これがあるとね。ゲームがもっと楽しくなるんだよ」
「そうなの? やった!」
無邪気に喜ぶももちゃん。
私は重たいそれを必死に抱え、2階へと持って上がる。ももちゃんも空気を読んでか、ちょっかい掛けたりせずついて来る。良い子で助かるよ。今妨害されたら、階段から転げ落ちて、ねえね入院だからね。
「いよいしょ!」
自室に運び入れ、クルクルに巻かれていたソレを床に置いた。「広げよう」と言うと、ももちゃんが小さなお手々でドスコイ、ドスコイ。丸まっているシートを広げてくれる。
既に楽しいようで、キャキャと甲高い声で笑っていた。
「よし、じゃあ接続だね」
原理とかはサッパリ分からないけど、これをゲーム側に認識させて接続すると……現実世界でもマット上でゲーム内と同じ運動が出来るようになるそうだ。
つまり、この限られた空間であるハズの私の部屋で、1時間でも2時間でもウォーキングが出来てしまうという代物。
「大昔はルームランナーっていう道具があったらしいけどね……」
それの超上位互換。マットが足元で動く感覚とかも全く感じないそうだ。いやあ、本当に凄いよね、技術の進歩は。私みたいなのは、その恩恵に与るだけだけど。
「よし。繋がった」
「げーむ!? できるの!?」
「うん、起動するよ」
VRゴーグルをももちゃんにも装着させて、私も嵌める。すると目の前に大画面が映し出された。『ブロッサム・クエスト』とタイトル画面が出るので、空中をタップして、次の画面へ。『ニューゲーム』と『続きから始める』の2択が出るので、前者をタップ。
さあ、ゲーム開始だ。




