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星空ゼリー(七夕)

作者: あきみらい

七夕のお話が書きたくなって。

考えてみるとごく普通の現代物を書くのは初めてでした。


 茜は、あおが好きだ。


 かき氷ならブルーハワイ一択だし、服やアクセサリーも青いものを選ぶことが多い。

茜、なんて赤っぽい名前なのに、あおが好き。

子どもの頃は、茜ちゃんじゃなくて、アオイちゃんって名前に改名したら?なんて何度も揶揄われた。

タチアオイとかはピンクなのにね。

でも、それぐらい、あおが好きだ。


 でも、ブルーな気分になるのは好きじゃない。


 今日、久し振りに定時で上がれる事が分かったのは、お昼ちょっと前の事だった。

茜は、システムエンジニア。職場はこの業界にしては幸いなことに、さほどブラックではない。ただ、納期前はやっぱり忙しくて終電に駆け込むし、節目の前後はバタバタしている。

この数日も、中間報告のために資料作りやら会議やらで忙殺されていた。

それも今日の午前中の会議でなんとか一区切り。


「……せっかくだし、飲みに行きたかったのになぁ」


 今日が七夕だと気が付いたのは、お昼休み。想太に電話をした時だ。

幼馴染の想太との付き合いは、もう人生の半分より長い。

小学校中学校は、たくさんいるクラスメイトのうちの一人だった。高校は頑張って入った難関校で、同じ中学から進学したのは想太と茜だけだった。気が付いたら大学も同じで、なんとなく一緒にいる。

異性でも飾る必要もなく、素のままでいられるのがとても楽で、彼氏のような単なる男友達のような、よく分からない関係のままずっと一緒にいる。

 そんな想太に、今日飲みにいこうとメッセージを送ったら、なぜか直に電話が来た。


「あ、茜? ごめん、今日、二十一時ぐらいまで、ちょっと……七夕だけど、うん、その後なら……」


 珍しく歯切れが悪い。

こちらの様子を探るような、ちょっとぼそぼそした想太の声の向こう、女の人の声がした。


「別にいいんだけどね~……」


 七夕に用事。女の人の声。二十四歳。

恋愛ごとに疎いままこの歳になった茜でも、なんとなく察する。

そういえば、ここ最近の想太はなんだか忙しく、付き合いが悪かった。

そうか、もう勢いで押しかけて貫徹でゲームとか、思い付きでどこか遊びに行くのとかには、誘えないのか。美味しそうな店を見つけても、この先はお一人様かもしれない。


「……いいんだけどねぇ」


 お昼などは一人でお店に入ることもあるし、夜もそのノリで一人飲みもやればできるだろう。

でも、なんとなくつまらない。盛大に落ち込むまではいかないけれど、それこそブルーな気分だ。

 微妙に聞き取りづらい電話でそれ以上話す気にもなれなくて、その時は、「うん、わかった」なんて何がわかったのかよくわからないまま切ってしまった。


「七夕、かぁ」


 結局、お昼前のウキウキした気分はすっかり萎んでしまって、つい同僚の手伝いを申し出てしまい、今日も二時間残業だ。

二十時過ぎの電車に揺られ、地元駅で下りれば、駅に笹が飾ってあった。

つい引き寄せられるようにして足を止め、見上げる。

たくさんの願い事。色とりどりの短冊が揺れている。


「……母さんの七夕ゼリー食べたいなぁ」


 七夕になると、実家の母は毎年ゼリーを作ってくれた。

かき氷の青いシロップを使ったゼリーには、缶詰の桃を型抜きしたお星さまがのっている。

そんな、子ども向けのゼリーを、やめるタイミングが分からなかったと言って、茜が大人になっても作ってくれた。

一人暮らしをするようになって食べることもなくなったけれど、もしかしたら今年も作っているかもしれない。

そう思ったら、なぜか無性に食べたくなって気が付いたら電話をかけていた。


「……あ、母さん。えっと、その……今日、今からごはん食べに行ってもいい?」


 コール音二回で出た母に、勢いで言う。

母が早く出た事よりも、自分が無意識に母に電話をかけてしまっていたことに、つい歯切れ悪くなる。

まるでお昼の時の想太みたいだ。


「え、こんな時間に何言ってるのー。いやねぇ。今夜は七夕だからお父さんと水入らずよ。茜は自分のおうちに帰りなさいな」

「……そっか。ラブラブなの邪魔してごめんね」

「ふふ。週末に帰ってらっしゃい。ご馳走用意しておくから」


 ちょっとはしゃいだ母の声に、「うん、わかった」と頷く。

それじゃあ、おやすみ、と呆気なく電話を切られてしまい、茜は思わずため息をついた。

今回の「わかった」は、何に対しての「わかった」なのかは一応わかった。

今夜、実家には自分のゼリーが用意していない事についてだ。


「……」


 茜は、ご自由にお書きください、と置かれた短冊を手に取る。青い短冊だ。

そこに、備え付けのペンで書いた。


『来年は、星空ゼリーが食べたい』


 完全にブルーな気分だ。

あおは好きだけど、ブルーは好きじゃない。

書いた短冊を笹につるし、茜はとぼとぼと自宅に帰った。




 チャイムが鳴ったのは、帰宅して三十分後、ちょうどお風呂から出た時だった。

何か取り寄せスイーツでも頼んでいたかなと記憶を漁りながら、インターホンを見る。

すると、玄関前に立っていたのは想太だった。菓子か何かが入ってそうな手提げの紙袋を持ってる。


「はーい」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、慌てて玄関を開ける。

着古したTシャツに短パン。夏の部屋着スタイルだが、想太相手なら、まあいいだろう。


「……遅い時間にごめん。入れて貰ってもいい?」

「え、あ、うん、どうぞ」

「お邪魔します」


 そそくさとスニーカーを脱いで上がる想太に、茜はブルーな気分でローテーブル前のクッションを勧める。

これはあれか。この後、告げられるやつか。恋人が出来たから云々とか、そういうのを。


「あ、髪……。ごめん、変なタイミングで来ちゃったね」

「ううん。短いし、ほっといても乾くよ」

「……夏でも手抜きすると風邪ひくよ?」


 そう言って、一度は座った想太は、立ち上がると茜の前にきた。

過去何度もしてくれたみたいに、茜が被っていたタオルでわしゃわしゃと拭き始める。

茜はされるがままに項垂れて、想太がやりたいようにさせていた。


「……あのさ。こんな状態で言うのもちょっとあれなんだけど」

「うん」

「折角、今日は七夕だし、ちょうどいいかな、なんて思ってさ」

「何が……?」


 今日の想太は歯切れが悪い。

そりゃ、そうか。恋人が出来たからもう遊べない、なんて言い出し辛かろう。それでも対面で言ってくれるのは想太の優しさだ。武士の情けってやつだ。


 しっかり茜の髪が乾くまで拭いた想太は、タオルを退ける。

そうして、茜の手を取った。

逆の手でポケットをごそごそやって、何かを取り出す。


「……え?」

「それこそ、どっちの色?ってなっちゃいそうだけど。青井茜になってください」


 茜は、自分の左手薬指にはめられた指輪に大きく目を見開いた。


「……うそ」

「うそじゃないよ。嫌?」


 問われて、慌ててぶんぶんと首を横に振る。

銀色の指輪には、小さなダイアモンドとそれよりちょっと大きな青い石が嵌っている。

多分、茜の誕生石、アクアマリンだろう。


「良かった。たくさん待たせてごめんな」

「え、だって、最近……」

「うん、このためにここ暫くずっと準備してたからね。今日、ご実家に行って先に挨拶もさせて貰って来た」


 その証拠に、ほら、と、持ってきた手提げ袋を目で示す。

促されるままに、茜は紙袋の中身を出せば、見覚えのあるガラスのコップに青いゼリーが入っていた。

前にインテリアショップで四個セットで売ってたものを諦められず、二個ずつシェアしたコップだ。

青いゼリーにはちゃんと桃缶の黄色い桃が星型になっていくつかのっている。


「すぐできるかと思ったら、ゼリーって固めるのに一時間以上かかるんだね。型抜きも、なんか千切れたりするし」

「……もしかして、お昼の電話」

「うん、ご実家にいたよ。前からお母さんに茜のこと頼まれてたからね」


 ということは、あの微かに聞こえた女の人の声は母だったのか。

 聞けば、仕事の昼休みに実家に顔を出して、プロポーズの許可を貰ってきたらしい。

そこで母にゼリーの話を聞いた結果が二十一時以降の指定だ。母に頼まれたもののゼリーを作るには時間がかかる。どう頑張っても定時の茜には間に合わなかったんだそうだ。


「……段取り悪いよ、想太」

「ごめん。今日の午後の会議、どうしても出なきゃでこんなことに」

「お互い、仕事人間だものね」

「……だからさ。一緒に住もう。そしたらもっと一緒にいられる時間が増える」

「そう言う事は、もっと早く言ってよ」


 視界が揺れる

ごめん、ともう一度謝って、想太は茜の目尻に唇を寄せた。

涙を吸い取って、一度離れた後に、覗き込む。


「……それで返事は?」


 テーブルに出された星空のような青いゼリーがふるんと揺れた。


「来年も、ゼリー作ってくれるなら」

「了解。よろこんで」


 茜はあおが好きだった理由を思い出した。

かき氷のブルーハワイが好きだったのは、母が毎年作ってくれるゼリーの残りのシロップだ。

来年もまた作って!と毎年おねだりをした結果、かき氷はブルーハワイ一択になったのだ。

地元の盆踊りでも、舌を青く染めながら食べていたら、茜ちゃんなのに青いね、と笑ったのは青井想太というクラスメイトだった。

周りが赤いイチゴや黄色のレモンを選ぶ中、それじゃあ、僕も青井だからブルーハワイにする!と一緒に食べてくれた男の子。


「そういえば、この石も色、似てる」

「……それは食べちゃダメだよ?」


 茜の左手の薬指で、ブルーハワイ色の宝石がきらりと光った。

茜は、青井茜になることになったけれど、もうブルーな気分ではなかった。


★ 星空ゼリー ★

材料:

ゼラチン、ブルーハワイのシロップ、桃缶

作り方:

1.お鍋にお湯を沸かし、ブルーハワイのシロップを色合いを見ながら加える

2.粉末のゼラチンを鍋に少しずつ溶かす

3.容器に入れ、1~2時間ほど冷蔵庫で冷やして固める

4.固めている間に桃缶の桃を薄切りし、クッキーなどの星型で型抜きする

5.ゼリーが固まったらフォークでかくようにして崩し、器に盛る

6.ゼリーに星型の桃を飾って出来上がり


お好みで青いゼリーの下にパンナコッタ等を作って二層にしたり、ブルーハワイのシロップの代わりに、バタフライピーのお茶で青くしても。



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