表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パラレルワールド

作者: みんげる

あの日、人生で一番愛した恋人が、俺の目の前でトラックにはねられた。

言葉を失った。理解が追いつかない。現実が、嘘のようだった。

気づけば、ただ泣くしかできない自分がいた。

あれから、どれくらいの日が経ったんだろう。

葬式が終わって十日? いや、一年かもしれない。時間の感覚なんて、とうに壊れていた。


でも、そんなことはもうどうでもいい。

生きる意味なんて、どこにもないんだから。


俺は今日も、目を閉じて、明日を迎える。

心が沈んでいく感覚を抱えながら、静かに眠りに落ちた――。


そのとき、夢を見た。

未来の俺が、そこにいた。


「何寝てる。彼女を救え。お前ならできる。お前にしかできない。頼むから、彼女を――」


声が聞こえた気がした。

何を言ってるんだ。彼女はもう、死んだんだぞ。

俺はそのまま目を覚ました。


いつもと同じ朝。

同棲していた彼女はもういない。だから、家には俺しかいないはずだった。

……なのに。


リビングから、朝食の香ばしい匂いが漂ってくる。

音もする。誰かが、料理をしている音だ。


――まさか、そんなはずがない。


おそるおそるリビングに向かうと、そこには彼女がいた。

あの笑顔で、こちらを振り返る。


「遅いよ~。もうおなかペコペコだよ~。」


俺は、視界がにじんだ。

何も考えられなかった。ただ彼女に飛びつき、抱きしめた。


「えっ? なに? どうしたの??」


彼女は戸惑っていた。でも構うものか。

俺は彼女の胸に顔を埋めて、ただ泣いた。


どれほど泣いただろう。

冷めた朝食を前に、俺はようやく涙を止めた。


彼女は、ずっと俺の頭を撫でてくれていた。

その優しさが、心にしみた。


「分かるよ。あなたの妹さんと弟さんとお母さんとお父さん、事故で亡くなったもんね。」


その言葉に、思考が停止した。

俺の――家族? 死んだ?


いや、俺の家族は生きている。

事故の報せなんて、一度も受けていない。全員、元気だ。


混乱したまま、家の中を見回す。

微妙に違う。間取りも家具の配置も、何かがズレている。


俺は彼女に「ちょっと外に出てくる」と告げ、外へ出た。

夜の空気が冷たく、現実味を帯びてくる。


――やっぱり違う。

道路、看板、風景、すべてが少しずつ「俺の知る世界」と違う。


この世界は、俺の世界じゃない。

パラレルワールド――そう気づいた瞬間、またあの喪失感が押し寄せてきた。


俺は「この世界の俺」のことを考えた。

彼は今、どこで何をしている? 俺と入れ替わったのか?

そして、彼女が俺に違和感を抱かなかったのは、「俺」だと思ったからだ。


俺はもう一度、彼女のもとに戻った。


「ただいま。」


「おかえり。」


その一言が、胸に沁みた。

けれど、同時にこの世界で失われた「家族」の存在が、心に穴を開ける。


その夜、俺は彼女にすべてを話した。

元の世界で彼女が死んだこと。夢で未来の自分に言われたこと。

そして、この世界の違和感。


彼女は真剣な顔で、こう言った。


「あなたの言うことです。信じないわけないでしょう。」


この世界の俺も、誠実な性格なのかもしれない。だから、彼女は疑わなかった。


「あなたがもし、元の世界に戻れるとして。この世界に残るか、戻るか、どちらを選びますか?」


俺は答えられなかった。


「わからない。どちらも、痛すぎる。」


彼女はうなずいた。


「私も、きっと選べないと思います。」


「この家に、泊まってください。私からこの世界の“あなた”に話しておきます。」


優しい。さすが俺の恋人だ。――いや、ここで感心してる場合じゃない。


俺は再び眠りについた。

夢の中に、また未来の俺が現れた。


「おい、まだ寝てるのか。彼女を救え。寝てる場合じゃない!起きろ!」


――次に目を覚ますと、また世界が変わっていた。


今度は俺がもう一人、目の前にいた。

もう一人の俺が、こちらを睨む。


「お前、誰だ。……俺に似てるな。いや、俺だろ。」


俺は正直に答えた。「……わからない。」


すると彼は、どこか焦りを帯びた怒りで言った。


「まあいい。で、なぜここにいる?」


「俺は……彼女を亡くして、眠ったら――」


その瞬間、彼の目が赤くなった。


「彼女? あいつは俺が殺す。」


言葉を失った。


「どうして……?」


「アイツは俺の親の仇だからな。」


耳を疑った。


彼は怒りに震えながら言った。


「彼女は裏の政治組織に属してたスパイだったんだ。俺はそれを知ってしまった。

そして、親が巻き込まれて殺された。証拠隠滅のためにな。」


信じられなかった。俺が知る彼女は、そんな人間じゃない。


「彼女は、優しくて、誠実で、人を騙すような人じゃない!」


「俺だって、そう思ってたよ!ずっと信じてた!

……でも全部、演技だったんだ。俺の幸せも、全部、嘘だった。」


「それでも、俺は彼女を救う。」


「ふざけるなよ!俺の親が殺されたんだぞ!お前はその痛みを知らないんだ!」


彼は、涙を流しながら叫んだ。


俺は、息を呑んだ。


これが、本当に最愛の人に裏切られた者の絶望なのだと、

そのとき、俺ははじめて「自分の信じるもの」が揺らいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ