地獄耳は地獄が似合う
地獄耳は地獄が似合う
「それってどういう意味っすか」
馬原弟は俺にだけ聴こえるよう小声で言った金田の言葉に噛みついた。
「なんだ、このガキがっ!」
と、噛みつき返す部下を片手で制した金田。
「それ、とは?」
端的に聞き返す金田の言葉からは『黙ってろ』と言わんばかりの雰囲気が滲み出ていた。
だが、馬原弟にそんな機微が伝わるはずもなく「事件って何のことすか?」と続けた。
「……?事件?」
金田は毒気を抜かれたような呆れたような顔になる。そりゃそうだ。俺も勘違いしていた。
馬原弟は金田の『馬原兄弟より俺を買っていた』というところに反感、反応したのだと思っていたが、その実、その前の話がわからず純粋な質問をしていたというわけだ。
「えっ、いや今なんか『あの事件が』って言ってましたよね?」
馬原弟は普段、傍若無人な振る舞いをしている癖にそのスジの金田相手には随分と控えめな態度になっている。
まぁ当然っちゃ当然だが、普段の姿は演技だったのかと考えると気持ち悪いなと思わなくもない。
「……そうか、あの事件を知らないのか」
金田はコチラを見てニヤつく。
「別に知られても何も困らないっスよ俺は」
「だからなんだ!その態度は!?」
「ガキが偉そうにしてんじゃねぇぞコラ!」
俺の態度が気に入らなかった金田の部下たちは口々に罵声を浴びせながら近づいてくる。
「やめとけ!……こんな絶望的な状況で必死に去勢張ってんだ。褒めてやっても良いくらいの威勢じゃねぇか。なぁ天城くん、これからどういう未来がキミに訪れるか、賢いキミならもう言われなくてもわかってるんだろ?」
冷たい無機質な金田の表情がニコリと口角を上げた。目が笑ってない。
「……わかってるつもりですよ。無理矢理連れてこられた山奥の違法っぽい廃車置き場、本職の人たち、地元で好き勝手やってるバカ共、そんなん揃ったら起こることなんて限られてますから」
馬原兄弟が俺を殺したいほど憎んでるのは知っているが行動に移せる度胸はないと思ってた。
が、本職の金田が絡んだのなら、まぁそうなるだろう。
「……なぁ?カレは賢いだろ?ハハっ」
俺の言葉に金田は肩をすくめ部下たちに向かって冷たく笑いかけた。
部下たちもそれを見て嘲笑してくる。
が、未だ俺は冷静さを失っていない。
なぜなら……。
「……金田さん。アンタ、馬原兄弟が俺を何処から、どうやってココへ連れてきたか知ってます?」
知らないと言え。そう願いながら俺は金田に問いかける。
「……?知らないし、知りたいと思わない。関係ないとも言えるな。俺がなにか入知恵したとでも思ったか?」
金田は爪を見ながら興味なさげにしている。
「それがなんだってんだこのボケ!今まで散々オレらん事バカにしてくれたけどなぁ!今日でテメーはおしまいだよ!オシマイ!」
馬原弟はそう叫び兄と揃って笑っている。
「それはミスですよ金田さん。馬原兄弟はアナタが想像する何倍も愚かです」
俺が馬原兄弟を無視して金田にそう言うと同時に馬原弟が飛び蹴りを仕掛けてきた。
「うぐっ……!」
横っ腹に脚が綺麗に入って変な声が出た。
「殺す!殺す!舐めんなクソが!ボケコラ!」
飛び蹴りで倒れた俺の上に馬原弟が馬乗りになり、拳を振り上げるがソレを金田の指示によって部下が制止した。
「天城ぃ……今の話ちゃんと聞かせてみろ」
金田がの口調が少し変わった。
何か察した様子だ。
「なんで止めるんすか金田さん!どうせ殺っちまうんだからほっといてくださいよ!」
馬原弟の抗議を耳に留めず一度もそちらを見ず、ずっと俺だけを見る金田の態度に、馬原兄弟は俺への殺意をさらに募らせていく。
「説明しろ」
早く。と無言の圧を感じさせるような金田の言葉に場全体の空気が変わった。
どこか油断からか弛緩していたさっきまでとは大違いだ。
「学校帰り帰宅しようとしたところを待ち伏せされました」
「……校門の前で?」金田は信じられないようで呆れたように聞き返してくる。
「は?!」「おいおい……」
「……どんだけバカなんだ」
ざわつく部下たち。
それを見ても何が悪いのかわかっていないのかアホ面をぶら下げたままの馬原兄弟。
「校門の前にそこにある車、横付けしてウチの生徒である郡里くんと揉めて衆人観衆の中、俺は車に乗せられてココにきました。ちなみに車は一度も乗り換えてないです」
「郡里って、アイツまだ高校行ってんのかよ」
金田の連れた部下の中でも最も若そうな男がそう言った。俺も同意見だ。
あの人どうせ卒業できずに除籍か退学になるんだから時間がもったいないし、さっさと辞めちまえば良いのに。
「……帰るぞ」
俺の説明を一通り咀嚼したのか黙っていた金田が一言、そう言って部下たちを動かした。
部下たちは「押忍」とだけ返事をして俺のことも馬原兄弟のことも無視して車に乗り込んでいく。
「ちょっ!まってくださいよ」
「な?!帰っちゃうんすか?!」
馬原兄弟は金田に縋るよう声をかけるも金田は何も言わず車へと乗り込むとその車はすぐにこの場を離れず俺のところへと近寄ってきた。
目の前で停まるとフルスモークの窓が開き、後部座席に座った金田が前を向いたまま語りかけてくる。
「やっぱり何処かのバカな兄弟よりキミの方が良いね。胆力があるし、頭も回る。すぐに学校辞めてウチに来てよ」
「すみません。自分は……」
金田の誘いに俺は首を振った。
「あぁ、そう。まぁでも何の因縁があるのか聞いてないから知らないけど、あぁいうのと関わってると俺らみたいなのと切っても切れないわけだし、大人しく生きるか、さっさ何処かに属するかしないと、ロクな目に合わないし……まぁ考えといてよ」
金田はさっきまでの仕事モードをやめたのか、冷淡で平坦な話し方から温かみさえ感じる抑揚の効いた優しい話し方にかわっている。
さっきまでと今のどっちが演技なのかわからないが、どちらにせよ恐ろしい。
「肝に銘じます」
「ん。出せ」
金田がそう言うと窓が閉まり車は動き出した。
残された俺は馬原兄弟の方へ向くと何やら揉めているのが見えた。
「何が起きたんだよ!」
「意味がわかんねぇ……」
兄弟揃って頭を抱えるその姿はある意味微笑ましいものがあるのかもしれない。
「くそっ!金返せクソヤクザ!」
「ちょっと……車……」
「うるせぇ!くそがっ!」
馬原弟が怒りに任せて蹴った車はどうやら仲間の自前だったらしい。
なんであんなバカなヤツらに着いているのかわからないが……まぁ脅されてるとか借りがあるそんなところだろう。
「んで?どうすんの?仲良くドライブで送ってくれたり……は、しないよな?」
怒りに任せて廃車を蹴っている馬原弟とイライラした様子でタバコを吸っている馬原兄に声をかけた。
「っ、当たり前だろうがボケェ!こうなったらテメーはオレたちの手でぶっ殺してやるよ!」
「ここまで来てやめたら恥ずかしいからな」
馬原弟は猪突猛進。
兄は吸っていたタバコを指で弾き、歩きながら靴で消し、向かってきた。
二人とも不良漫画かドラマかの見過ぎだろ。
こういう恥ずかしいノリももしかして《厨二病》の亜種だったりするのかな?
ウゥーー!!!
俺が馬原兄弟を迎え撃とうと構えた瞬間、サイレンの音と回転灯の赤い光が見えた。
「は?!ウソだろっ?!!」
「なんでバレた?!」
突然現れたパトカーや覆面車がヤードの中に入ってきて場を制圧するのは本当に一瞬だった。
数十人の警官たちに包囲された馬原兄弟とその仲間は抵抗すらせずに捕えられ、ふてぶてしい態度で弁護士を要求する。
そんな馬原兄弟と違い、その仲間たちは絶望的かつ悲壮感の漂う表情をしていた。
「間一髪間に合ってよかったよ」
久留間のオッサンに話しかけられる。
「……尾行でもしてたんスか?」
「ん?いや?学校から通報が入ってね。特徴的な車だからすぐ追えたってだけさ。うーん、無事でよかった」
白々しい態度をとる久留間のオッサン。
説明する気はなさそうだ。
「いくらなんでも早いっスね。それこそ誰か最初から付けてないと……」
自分で言ってて一つの可能性が浮かんだ。
「蘇我か……」
辺りを見渡すと遠くに、わざとコチラから見えにくいような場所にいる蘇我を見つけたので俺はそちらに足を運ぶ。
「蘇我刑事な。歳上なんだから呼び捨てにするなよぉ」
久留間のオッサンは呑気そうに俺の背中に声をかけた。
「蘇我!……刑事」
「やぁ天城くん、はて?公園で見た時はたいそうな怪我をしていた気がしたが……?」
蘇我は手のひらで顔を覆うようにしてメガネの位置を直しながらコチラを見てくる。
「アンタいつから見てたんだよ」
「……なんの話かわからないな」
「安い演技はやめてくれ。俺のこと付けてたんだろ?」
素人の俺に細かいことはわからないが、少し前にいい演技を見たばかりだからか、蘇我の安っぽい下らない演技がシャクに触った。
金田と大違いだ。
「……君のそれは自意識過剰っていうんだよ」
蘇我の子どもを諭すような言い方に腹が立つ。
「ヤクザモンの金田、捕まえないで雑魚の馬原兄弟捕まえる意味がわかんねぇ!俺を助けたいとか思ってねぇのはわかってるから本当の目的教えろよ!テメーが泳がせたせいでコッチは殺されかけたんだ、聞く権利くらいあるだろ?!」
「……君みたいなガキが大人の話に首突っ込むなって久留間さんからも言われてただろ?大人しくしときなよ『桜間の猛獣』くん」
蘇我は俺の肩を叩いて横をゆったりと意にも返さず通り過ぎていった。深夜の公園で会った時と違い、俺になんの興味もなさそうに。
バカにされてムカつく感情が爆発しそうになるが、それ以上に俺が何も知らないから興味がないのでは、という考えが浮かび怒りを抑制した。
『何も』ってなんだ……。
俺はなにを知らないんだ?
蘇我は何を知ってる?
蘇我は何を求めている?
……俺は何を知るべきなんだ?
ここで悩んでいても仕方ない……。
とにかく、あの《厨二病》に話を聞いてみる必要があるかも知れない。
もし彼女が知っていることと蘇我が知りたがっていることが同じとも限らないしな。
「天城くん、同行してくれるね?」
とりあえず帰るか、と思っていたらニコやかに微笑む久留間のオッサンに肩を掴まれる。
くそっ!警察が出るとコレがめんどくせぇんだ。
警察署まで任意同行するために車へ乗り込もうとすると暴れる馬原弟がコチラに向かって大声で「覚えてろクソ野郎!ぜってーゆるさねぇ!!」と騒いでいたが……逆恨みも甚だしい。
そもそもの因縁が『馬原弟の初恋の相手が転校生だった俺のことを、ちょっと気になる。』と言ったとか言わないとかそんなレベルのところから始まっているのだから馬鹿らしい。
まぁ当時、精神的に参ってた俺が絡んできた馬原弟の喧嘩を買って、あとから出てきた馬原兄の喧嘩も買ったことで長期化してしまったわけだけど……。
もう今日のに懲りて二度と関わらないでもらいたい。俺は本当に他人と関わるのが嫌いなのだから。
結局、取り調べは明け方まで続いたが誰も金田たちの関与については口を割らなかった。
組織犯罪対策部とかなんか大仰な名前の人たちが偉そうにあーだこーだ言ってきたり、馬原兄弟が二転三転するバカ丸出しのウソ供述をしたせいで無駄な時間を過ごすことになった。
未成年ということもあり俺は県外に仕事で行っていた叔父を無理矢理呼び出して迎えにきてもらうことになり心苦しく思っていたが警察から今回ばかりは無辜の被害者であるという説明があったのか叔父は優しかった。
「あの兄弟はコレでとうぶんの間、出てこれないのかね?」
車を運転しながら叔父が訪ねてくる。
「……俺も詳しくないから推測だけど……二、三年もせず普通に出てくると思うよ。未遂だし、親がアレだから下手したらもっと短いかも」
「馬原議員か……」
そう呟いた叔父のハンドルを握る手がグッと強くなった気がした。