起きたのは俺か撃鉄か
「……くん、天城くん」
成人男性であろう、低い声に呼ばれて俺は目を覚ます。嬉しくないモーニングコールだ。
超能力を使わなくてもわかる……多分、まだ寝てから一時間も経っていないだろう。
身体の痛みは多少引いた気もするがまだまだ眠い。……とりあえず今は生き残れたことを有り難く思おう。
有り難くないモーニングコールの主を無視して身体を起こし、仮面の少女を探すが見当たらない、完全に真っ暗闇。
と、言うほどでもないか、いくつかの住宅が消し忘れたのか玄関口を明るく照らしているだけ……一応、星やら月やらの光もあるし、街灯も。
公園の街灯が銀縁の眼鏡に少し反射していて逆光で顔が見えないが……誰かわかった。
「……蘇我さん、でしたっけ?」
「なっ?!意外だな。キミ程度の頭で私のことを覚えられるとは……」
……喧嘩売ってるのか?
俺は地べたに座ったまま強く拳を握る。
「公園の地面は硬く、秋口に差し掛かった現在、夜はとても冷える。野宿に適した場所と装備には見えないが……キミはアウトドアが好きなのか?」
「……これが野宿に見えるんスか?」
いくらアウトドア好きでも普通の住宅街にある公園では寝ないだろう。……知らんけど。
「はぁ……冗談が通じないと社会に出てから苦労するぞ。高校生のうちからそういうのは鍛えておくべきだと私は思うが……」
どの口が言ってんだ。
「……『社会人に必要な面白い冗談を言うための本』という素晴らしいコミュニケーション本があるのだけれど良かったら今度、書店で探してみると良い。キミの様な人間に必要な本だと私は思う」
「ウルセェですよ」
そんなことより蘇我さんはこんな時間になぜ……おっと心の声と実際の声が逆になってしまった。
蘇我は別段、気にしていないようでコチラを変わらず冷たい目でジロジロと見て「今度は怪我しているね」と言った。
とてもイヤな目つきだ。
まるで何もかもを見透かしているとでも言いたげな雰囲気を纏っている。本庁からの出向ってバイアスがなくても俺はコイツに苦手意識を持っただろうな。
「それにしても、いつまでそうして座っているんだい?まさか、立てないほどの大怪我なのか?」
蘇我はスーツのポケットから取り出したスマホを振って「救急車が必要かい?」と訊ねてきた。
「……勘弁してくださいよ。バイトと学校の繰り返しで疲れてちょっと寝てただけっス。怪我なんて――」
「私はこの町のことを出向してくるまで、よく知らなかったんだ――」
蘇我は聞いてもいない身の上話を勝手に始めた。
正直かなりキモいのでさっさとこの場を立ち去りたいが俺の体の方はそうでもないらしい。体力の回復を待ちつつ蘇我の話を話半分で聞き流すことにする。
「――自分の守る町を知りたい。私は根っから真面目な性分だろ?だから暇な時間を見つけてはいろんな所を実際に歩いて見て回っているのだが――」
テメーの性分なんて知らねぇよ。
蘇我の年齢は知らないけど散歩が趣味って簡単に言えばいいのにめんどくさいヤツだ。
「――最近のスマートフォンってやつは便利でね。キミは使っているかい?スマフォ」
……うっぜぇぇえ。
もしかしてわざとか?わざとイラつかせているのか……?……なんか心理学かなんかにそういうテクニックがあったような?
蘇我は手に持ったスマホもとい、スマフォを弄りながら話を続ける。
「私のスマフォにはウォーキングアプリっていうのを入れていてね。これがすごく便利なんだ。歩いた歩数や距離、使ったカロリーなんかもわかるんだ。それだけでも便利なのに……GPSと連動して地図上に自分が歩いたルートを表示してくれるんだよ」
そう言って蘇我は手に持ったスマホの画面をコチラに向けてきた。暗闇に目が慣れていた俺にはその画面の明るさが辛く一瞬、目を背ける。
「おっとすまない、眩しかったかな。……えっと、明るさを調整するのはどうやるんだったかな」
悪気はなかったのか蘇我は素直に謝りスマホをいじる。
「見せなくていいっすよ……アンタの散歩ルートとかそこまで興味ないし」
チラッと見せられた画面には地図が写っていたが興味なさすぎて目に入らなかった。唯一、目に入ったのは時計の部分だが、やはり予想通り日を跨いでいた。
「興味ない。か……」
「……申し訳ないっスけど、深夜徘徊とかで補導するんじゃないんなら帰っていいっスか?日、跨いでるみたいだし」
「キミには慣れたものなのかな?」
なんなんだよコイツ、マジで!
どんだけ人の話きかねぇの?
「……まぁ中学ん時とか叔父の家にいるのが気不味くて、よく夜出歩いて補導されましたね。それこそ久留間のオッサンに説教食らったり――」
「――私は今日、いや日を跨いだから昨日の夜か、この辺りをずっと見て回っていたんだよ」
蘇我はまたもスマホの画面をコチラに向ける。
その先ほどより少し暗くなった画面には、今いるこの公園の周囲をずっと長いこと蘇我が回り続けていたことを示していた。
「……コレは――」
「私はね、ずっと同じ所を歩く趣味なんてないんだよ。町の雰囲気を直に感じるのが目的だからね。とにかく歩く、それが目的……なのにだ」
俺は今更ながらに蘇我が俺のことを怪しんで、疑って、警戒しているということに気がついた。
隠していたわけではないだろう。俺が、鈍感だっただけの話だ。
「ずっとだ。昨夜、この辺りに来てからずっと、私はこの公園に入るという選択肢そのものが湧いてこず、付近を徘徊していた」
蘇我の無機質で無表情な雰囲気で気がつかなかった……。コイツが今、俺に抱いているのは『敵意』だ。
しゃがみ込んだままの俺は頭に何か固い、金属のようなものを押し付けられた。
「日が変わる頃、不思議とその感覚が消えて私はようやく、この公園の中へ足を運んだ。そしたらなんと!中には誰もいない……深夜の公園だ、そういうこともあるだろう。そう思って探索を続けると、寝ているキミを見つけた……」
心臓の鼓動が否応なしに高鳴るのを感じる。
……俺は必死に呼吸を整えようとする。
「『怪異』の真ん中で寝ていたキミは『怪異』そのものなのか?それともその仲間か?返答には気をつけろよ?私の引き金は軽いぞ」
ウソみてぇだ。
今、自分に起きてるウソみてぇな現実に頭が追いつかない。
さっきまで見えねぇバケモン戦ったってだけでも十分に頭おかしくなったとしか思えねぇのに、今度は警察から銃を頭に押し付けられて訳のわからねぇ尋問されてるなんて夢でも見ないだろ。
銃を向けられた俺は両手を上げて無抵抗をアピールする。
「答える気になったかい?」
「……なにも知らない」
座ったままの俺の目を蘇我はジッと見つめる。
頭には未だ、名前もわからない拳銃が押し付けられている。
「あったことを全て、隠さず話すんだ。そもそもなぜキミはここにいる?この公園がキミのバイト先から近いとはいえ普通に帰るなら駅の方へ向かうはずだろう」
蘇我は銃を持っていない方の手で眼鏡の位置を直すと一見、優しそうな口調でそう言った。
……バイト先を把握されているのか。
久留間のオッサンが伝えたのか?それとも調書かなんか読まれたのか。いずれにせよ、気持ちが悪い。
高校生相手に銃で脅しながら尋問とか、あんた想像以上にイカれてるよ。とホントは言いたい。
だが、蘇我の目がソレを許さない。
「……バイト行って、バイト先の先輩を家まで送って、駅に行ったら……まぁ仲良くない、中学の時揉めた奴らが駅前を張ってて――」
「――馬原兄弟だったか?馬原議員の息子の」
蘇我の相槌を無言で頷き肯定する。
馬原兄弟とは中学時代から幾度となく揉め、そのうち何度か警察沙汰にまで発展していたので蘇我が把握していてもおかしくはない。
「……なるほど。馬原兄弟を避けて家に帰るため、この公園を通ったわけか。納得はできた」
じゃあ帰っていいっスか?
そう言いかけた瞬間、カチャッ。と金属の鳴る音がした。
「なぜキミは私の言った『怪異』という単語に反応を示さなかった?普通、気になるだろう?……キミは『怪異』を知っているのかい?」
――恐らくさっきの金属音は、撃鉄を起こした音なのだろう。この先の一言が明暗を分ける。そう考えると心拍数がみるみるうちに上がり、全身に血を運ぶのがわかった。
「……厨二病って知ってますか?」
「ん??何言っているのですか?」
「……ウチの学校にいるんスよ。女の子なのに厨二病の子が。だからそう言った怪異がどうとか妖怪?悪魔?みたいのも聴き慣れてるって言うか……」
必死に昨日知ったばかりの単語を利用して言い訳を並べる。
「俺も別に信じてるとかじゃないんスけど、毎日の様にあーだこーだ聴こえてくると『そういうものもいるのかなぁ』みたいな?」
「……」
蘇我は何も言わずに撃鉄をおろす。
「……えっと、その『怪異』ってやつのせいで俺はこの公園で寝ちゃったんスかね?」
「……本当に何も知らないらしいな。もういいよ、帰って寝なさい。私はキミの様な無知のお子様に時間を割くほど暇じゃないんでね」
蘇我は突如として俺に対する興味を失った様子だ。
「うーす。ほんじゃあ、お疲れっした」
そう言って立ち上がると少し立ちくらみがして、バランスを崩す。
体勢を立て直し顔を上げると蘇我はすでに見えなくなっていた。
「ウソだろ……」
公園は暗いとはいえ影も見えない。アイツはアイツで《怪異》とやらなんじゃねぇか。と、考えずにいられない。
蘇我に起こされた段階で日を跨いでたわけだが、つまりその後寝て起きた今は翌朝なのかその日の朝なのか、学のない俺にはなんて表現したらいいのかわからないが、とにかくその後俺は真っ直ぐ帰って寝て、起きて、学校へと向かった。
超能力を使うまでもない。
今日も遅刻だ。