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眠るか生きるか


 一度に受ける痛みの限界値を超えた先にある真っ白な空間から帰ってきた俺を最初に出迎えてくれたのは身体中を駆け巡るハンパじゃない激痛だった。


 声を出すことすらできなくなるほどの激痛に頭が回らなくなる。今、自分はどこにいて何が起きたのかを必死に考えるがそれ以上に瞼が重くなっていく。

 

「寝るな……寝るな……寝るな……」

 

 唸る様に一人言を繰り返す、意識が朦朧として自分の意思に逆らい眠りそうになる。


 眠気と倦怠感が全身を襲う痛みさえ軽く凌駕するこの歪さに辟易する。 

 あぁ……そうだ、俺はナニカによって吹き飛ばされたんだったっけ。

 

 その姿さえ見えていれば多少の受け身や防御態勢を整えることができたかもしれないが、いかんせんまったく見えないのだから当然の様に無防備な所を攻められてしまった。

 ……今はまだ自覚していないがきっと骨折とかヒビとかそういう大怪我を負っているのかもしれない。

 この異常なまでの眠気は俺の身体がそれらを治すために眠ろうとしているからだろう……これが俺の持つ超能力の代償だ。

  

 『ソレ』の姿は見えないのに、地面や落ち葉、枝を踏む音が近寄ってくるのを感じる。

 恐らくさっき見かけた少女と戦っていた?ところに割って入ってしまった俺にターゲットを移したのだろう。

 見えないのに確かに存在している。不思議な威圧感、圧迫感そして緊張感が空間を支配している。

 痛みと睡魔と恐怖が入り乱れて頭が混乱しているのが自分でわかる。わかるが、どうしようもない。

 

 昼間は普通の公園だったはずのこの場所が今は地獄の一丁目になりかわってやがる。


 あぁ、あの子を見捨てていればこうはならなかったか?情けない考えが一瞬頭をよぎる。いや、そんな選択をして生きていけるほど俺は強くないな。

 確実に後悔を背負って生きていくことになる。

 今ですら後悔だらけでがんじがらめになっているというのに、これ以上背負うなんて不可能だ。


 このままだと間違いなく俺は『ソレ』の餌食になるだろう。食われるのか、ただ殺されるのか、呪われてどうにかなっちまうのか。

 それすらもわからない。

 

 

 あー……くそッ!叔父の話をもっと真剣に聞いていれば……こんな時の対処法の一つや二つ思いついたかも知れなかったな。

 まさかこんなことが現実に起きるなんて……どうしてこうなっちまった!?

 深夜の、不気味な公園なんて入らなければ……。

 


 ……………………くそっ!!

 

 覚悟を決めるしかない。


 どうせ死ぬなら、どうせ殺されるくらいなら、最後に一発ぶん殴ってやろう。ビビって何もせずされるがままなんて我ながら性に合わないからな。

 

 つーか元々、生きてるのが不思議なくらいだって言われたのに今こうして生きてんだ。

 あの時、俺の人生が終わってたって考えたら……死ぬのが怖くねぇ!……なんて流石に言えねぇわ。


 ――でも、だからこそ、言えねぇからこそ必死に生きてやる!生き残ってやる。

 

 覚悟を決め、立ち上がったコチラを警戒しているのか『ソレ』は俺の近くまでは来たがまだ攻撃してこない。……いや、キリンみたいに首が長い可能性もあるのか?


 マジで見えないのズルすぎるだろ。


「っバカみてぇだな!せっかく姿を消せても気配を隠す知恵がねぇんじゃ意味ねぇなぁ!!」

 俺は眠気と痛みに耐えながらも立ち上がり大きく息を吸って大声でワザと挑発をする。

 

『ソレ』が日本語を、人間の言葉を理解できるかなんてわからないけど、何もせず待つよりは向こうから掛かってきてくれた方が幾分もやりやすいと思ってのことだ。

 そしてそれは意外な結果を生んだ。


「ぐっ?!」

 自分の身に起きていることが()()()()

 何か大きな手の様なモノに掴まれたのか?

 

「クソっ!どんだけデケェんだコイツ?!」


『ハァ……ァ……ァァ』

 微かに、そんな吐息のような音が聴こえた。

 生暖かい、嫌なニオイが顔にかかった。

 ……イヤな想像が頭に浮かんだ。

 

 まさかコイツ、俺のことを食おうってんじゃ――。


 ――ヤバい、噛まれたら、食われたら終わる。

 いくら俺が超能力のおかげで怪我に強いとはいえ、頭食われたら間違いなく即死だ。


 ふざけんな!!こんな姿も見えねぇヤツに訳もわからないまま殺されるなんてフザけた死に方してたまるか!

 

「ふんぬぅぅうおおお!!」


 今まで言ったことのない様な声を漏らしながら全力で俺の腹部を掴む指?を握りしめる。


 ブチブチと頭かなんかの血管が音を立てて千切れるがわかる。もしかしたら勢いだけでホントは切れてないかもしれないけど少なくとも俺自身はぶちキレた。


「うおおおオォォラァ」

 

 全力で握る。

 

 食いしばりすぎて歯が割れた気もするが無視して握り続ける。呼吸すら忘れて必死に握る。


 全力を出して限界を超える。


「ぬぐぅううおおおおお……………………」

 声にならない声を漏らしながら必死に俺は抗う。

 

 『ソレ』に痛覚なんてものがあるのかは知らないが俺は抵抗を続ける。この指だかなんか見えねぇからわからないそれをぶち折る。いや、あわよくば引きちぎってやろうと物騒なことを考えていた。

 

 力を込めすぎて酸欠になりかけた頃、腹部を掴んでいた感覚が弱まり、それと同時に俺は地面に落とされた。

 突然の落下に俺は満足な受け身を取れず、叩きつけられる。

 

 誰に習ったでもない、はたから見たら不格好かもしれない。

 俺は立ち上がり、自分なりのファイティングポーズを取る。

 

 ……見えない。

 

『ソレ』がいるということしかわからない。

 腹部を掴んだ指を外すのに力を使いすぎた俺にどれほどの力が残っているというのか……。

 そんな弱気な自分また顔を出す。

 構えたまま頭を振り、ネガティブな自分を振り払う。

 


 見えない『ソレ』に拳を当てる、一番確実な方法は……。

 こっちに触れた瞬間カウンターをかます。

 ……しかないな。

 リスクは百も承知だが、覚悟はもうとっくにできてる。

 あとは……タイミングが噛み合えば……。

 こうなったら三個目の超能力、《すげー集中力》でどうにかするしかねぇな――。

 

「今です!!」 


 疲労と眠気と酸欠気味でそんなバカみたいなことを考えていると突如としてそんな声が耳に入った。

 

 仮面の少女が発したであろう、その声に身体が勝手に反応して身体が動いた。


「うおおおお!!!!」

「――――――」

 

 ドゴンッ!という衝撃音が聞こえた。

 うまいこと拳が当たったようだ。

 姿は相変わらず見えないが呻くような声が聞こえた気がしたし、突き出した右の拳には何かを殴った感覚がある。

 

 右拳にだけ残る不思議な感覚を味わうことなく俺は受け身も取らず地面に倒れ込む、この身体はもう限界ってやつを完全に超過していたのだろう。

 今までの人生で最も……いや二番目に大きな傷を負ったと思う。

 ……我ながらよく生きてるな。もしかして俺も知らないだけで化け物の一種だったりするのか?

 叔父は自称『見える人』でその甥は『化け物』……なんだそれは……昼に知った厨二病って言葉を思い出す。いやいや、今はそんなふざけたこと考えている場合じゃないだろ。

 

 呼吸を整え、辺りに集中する……若干だが見えない『ソレ』の気配が弱くなった気がする。

 不気味な雰囲気がこの空間を未だ支配しているが……先程までの絶望感や圧迫感は薄れたように思える。

 

 ……もし今の攻撃が致命的なものでなかったら、そもそもちゃんと当たってすらいなかったら、もし他に『ソレ』の仲間がいたら……俺はもう今度こそ助からないだろう。

 

 眠気に負けそうになりながらも頭の中では冷静にそんなことを考えていた。


「あの、アナタはいったい誰……いや、何者なんですか……?」

 

 若い女の子の声がした。

 たぶん、『ソレ』と戦っていた仮面の少女の声だろう。

「普通の人間が素手で『アレ』と戦うなんて……それも勝っちゃうなんて聞いたことないですよ?」

 

 倒れ込んだままの俺に仮面の少女は近づいてきているのか、さっきまでと違い、ずいぶんと近くから聴こえた気がする。眠すぎて瞼を開けるのが億劫になっているので確認しようとは思わないが……。

 

 そうか、無事だったのか。

 ……良かった。


「あの、助かりました。あとは私が……って大丈夫ですか?!」

 駆け寄ってくる足音が聞こえたが本音を言うと静かにしてほしい。俺はもう、寝たいのだ。

 

「……大丈夫……なわけないだろ……」

「ですよね?!死んじゃダメですよ!……救急車!?救急車!」

 声だけで少女が慌てているのが伝わってくる。

 

「……寝れば……治るから……ほっといて構わない……つかほっといてくれ」

 なんとか声を絞り出して伝える。

 そんなこと言っても伝わる訳ないだろうと分かってはいるが……救急車よばれたら大事(おおごと)になって、また叔父に迷惑をかけてしまう。

 そういうのは中学で卒業したんだ。


「寝……る?寝れば治るんですか?!そうなんですね。ふぅ、ならよかったです!あの、本当に助かりました!ありがとうございました!こんなところで寝ると寒いと思いますけど風邪ひかないように気をつけてくださいね?」


 納得した?!

 と、驚きたいが、もう無理だ。そんなくだらないリアクションを取る体力も、彼女が誰なのか顔を見る気力も残ってない。頑張って目を開けようと試みるも、ダメだ、身も、心も、眠気、に……まけて……。

 

 この日の俺の記憶はここで終わる。

 仮面の少女がその後、何をどうしたのか俺は知らないが見えない『ソレ』はきっと倒せたか、祓えたか、逃げたかしたのだろう。じゃなきゃ今、俺はこうして生きていないのだから。

 

 かくして俺は普通に生きてる普通の人間なら到底信じられない様な、《見えないナニカ》と《戦う仮面の少女》だなんて夢でしか出会えないような奇異な存在と出会ってしまった。

 この日を境に俺は良くも悪くも、過去から目を背けて停滞していた自分自身と向き合うことになったのだった。


 


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