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とある中年男性の午後の過ごし方


「お昼時にすみません」

 ソファに腰を下ろしながら()()()の女性は再度そう言った。

「いえいえ、お気遣いなく。お茶と紅茶とコーヒーとありますけどどちらになさいます?」

 

「あっ私は紅茶でお願いします」

 

「オレは水でいいっすー。……へぇなんか普通の家のリビングみたいな感じなんすね?もっと怪しい感じだと思ってたわぁ」

 相談者の連れ合いの青年は直ぐには座らず物色する様に辺りを見て回っている。

 

「……あれ?この写真どっかで……」

「?……あぁそれは甥の写真です。数年前に撮ったモノなので今はだいぶ成長したんですけど、何処かで関わりがあったのかも知れませんね」


 ホスト風の男は昔の甥の写真を見ながら顎に手を当ててるが「もー、早く座ってよ……。恥ずかしいでしょ?」と女性に言われてようやく座ってくれた。


 俺は用意した飲み物を二人に配り対面に座る。


「では先ずは自己紹介から。……天城です」

「アマギ?!!」

「ちょっと?急に大声出さないでよ!あと失礼でしょ?!」

 驚き立ち上がった男性の腕を掴み座らせようとする相談者。

 彼女は彼が何にそんなに驚いたのかわかっていない様子だった。


「……あの、すみません……甥っ子さんの下の名前って……もしかして……タカトラ?だったり……?」

「はい。天城高虎はボクの甥です。ご存知でしたか?」

「ご存知って?!……ゴホッゴホッ」

「ちょっと!大丈夫?」

 驚きすぎたのか咳き込む男性。

 水を渡す女性。

「いや、だって天城高虎って言ったら超有名な不良……ゴホッ!」

「もう、天城相談所って小さく外の看板に書いてあったでしょ?」


 なんでもいいからはやく始めてくれないか……。


「あのぅ……そろそろ本題に入りたいんですけど……?」

 彼はどうやら甥のことを知ってるらしいが、どうせヤツの中学時代の行いが湾曲、誇張して伝わった噂話だろう。

 聞くだけ無駄だと思う。


「はい……すみません私は山田はるみといいます」

「ゴホッ……。ふぅ、オレは玖羅斗(くらと)って言います!よろしくっす!」


「改めまして天城相談所の天城と言います。では早速ですが本日はどう言ったご相談を?」


「はい。彼が……。あっクラトは私の彼氏なんですけど……」

「彼氏ですっ!」

 ピースっ!ってやられてもオジサンに片足突っ込んだ俺には何も響かないからやめて欲しい。


「彼がこないだの……あっ、私、先月誕生日で」

「……おめでとうございます」

 この話したい事がまとまってない感じ、午前中のお客様とは大違いだな。

 ……この感じの相談者は大体が《本物》に悩んでると俺は思ってる。


「誕生日プレゼントにクラトが『犬をプレゼント』してくれたんです」

「イェーイ。オレってめっちゃいい彼氏だよね?」

 

「……いぬ?」

 いぬ?……犬?

 それって動物の?


「はい。私がずっと『犬飼いたい』って言ってたの覚えてくれてたみたいで」

「みーちゃんの欲しいは全部覚えてるぜ?」


 クラトと名乗ったホストは身体をコチラに向けずずっと女性の方を向いてる。

 彼は今も真面目に仕事してるだけなんだろうけど……ちょっとイラッとしちゃうのは何故だろう。


『ずっと言ってたんなら覚えてるだろ』と高虎がいたらキレるかも知れない。


「それで先週、誕生日のお返しも兼ねて二人で旅行に行ったんです」

「三泊四日の韓国リョコー。行ったことあります?まじサイコーっすよ」


「韓国ですか?いいですね」

 このままでは話が進まないので最低限の相槌に済ませておく。


「そして、日本に帰ってきたら…………ソルビンが死んでたんです!」

「ソルビン……?」

「犬の名前っす。韓国語で雪?とかそんな感じの意味っすよ」

 知るかそんなもん。


「最初はなにか事件か病気を疑ったんです」

「ペットショップにブチギレに行ったよな?」

 嘘だろコイツら……。


「そしたらなんと、旅行中に餓死してたんです……」

「餓死って知ってます?なんか犬って何日か食わねぇと死んじゃうらしいんすよ……オレらそんなん知らなくて」


 ……相槌すら打ちたくない会話だ。


 だが、この手の話を持ってくる相談者は少なくない。マトモに普通に生きてる人ってのは『狙われない』からだ。

 やれ『祠を壊した』だ、『呪いのかけ方を試してみた』だ、『立ち入り禁止の場所で悪さした』だのとのたまい、挙句被害者面する人たちがウチの相談者の大半である。


「……それは残念でしたね」

 犬からすれば、だが。

 

「トリセツに書いとけよってキレましたわ。マジで」


 おぉもう……。もう言葉もない。

 ……はぁ彼も彼女も所詮、お客様だったか。


「それから少しして……おかしな事が起こる様になったんです」

 風向きが変わった。

 

「……続けて下さい」

「まず……ソルビンに着せようと買っていた洋服が消えました」

「オレがプレゼントしたやつね?」


 うるせぇよ。


「変な声や物音が夜、静かになった頃に聴こえるようにもなりました……」

「気のせいだって言ってんすけどねー。だってオレが居る時は静かだし……。つーかオレが居る時はみーちゃんの喘ぎ声のがウルせぇっつーかっ?」

「ちょっと……やめてよ!何言ってるの……恥ずかしい」


 ……うるせぇ……。

 つーか『はるみ』でみーちゃんって割と怪しいだろ。ホントに本命か?

 ウチの《相談所》の仕事じゃないけど、そこんとこ踏み込んで聞きたいわ。


「はぁ……えっと『変な声』とはどんなモノか説明できます?」

「はい、……『人の目が気になる』とかそんな感じです。……私がずっと人の目を気にして生きてきたから、そんな声が聴こえるんですかね……?」


()()()()()ってことですか?!」


「「?!」」


 思わず大きな声が出てしまい、二人を驚かせてしまった。が、本当に驚いたのは俺の方だ。


「……え、えぇ。細かいところは覚えてないけど確かにそう聞こえました……。」

「ビックリしたなぁもう。オレ驚かし系苦手なんでやめてもらえますぅ?」

「……失礼しました。…………ですが……その……」


 どこまでどう説明しようか悩む。

 あまり怖がらせると《悪魔》の思う壺。

 かと言って説明せずにいるのも……すでに危険領域に片足以上踏み込んだ彼女たちには……。


「あの、どうしました?」

「体調悪いんすか?」


「いえ体調は平気です。……ただ……どこまで説明するべきか、で悩んでます」


 二人は顔を見合わせる。

「……どういうこと……?」

「わかんねぇけど、知らなきゃ話になんねぇし、なぁ?」


 ……一理ある。

 

 


 「すでに《自宅》に現れていて《人間の言葉》を話す状態なのだとしたら一刻も早く退避することをお勧めしたいです。が……どこか逃げたとしても安全とは言えません……」

「そ、そんなぁ」

 女性は前のめりになり、不安そうな顔を浮かべる。

 

「ですが、そのまま家に居続けるのは少なくとも最善ではないと思うので……」

 

「わかった!」

 ホスト風の男は急に立ち上がる。

 いらん事言うなよ。


「そうやってビビらせてわけわかんねぇ数珠とか宝石とか壺とか買わせる気だろ?!」


 ほら言った。


「……いえ、そのような――」

「――わかるんだよ。こっちはこう見えて夜の店で働いてっからな。悪いヤツのニオイとかそういうのに敏感でヨォ」

「ちょっとクラト……」

 縋るように袖を掴む女性の腕を振りはらい「オメーは黙ってろ!」と恫喝する男性。

 彼のどこに惚れたのだろう。

 俺には理解できる日が来るのだろうか。


「アンタが()()天城と同じ名字だからってビビると思ってんのか?本当に関係あるのかもわからねぇし、騙ってるだけだろ?詐欺に騙されるオレじゃねぇんだよ!……帰るぞ!」

「え?え?ちょっと待ってよ……」


 さぅさと帰ろうとする彼氏と対照的にまだ話を聞き出そうな彼女は申し訳なさそうに頭を下げている。


 ガチャッ!

 少し乱暴に事務所の扉が開く音がした。


「たでーま」

 相談者の彼氏が出ていくために開けたのかと思ったが、実際は外から開けられたらしく……そこには高校から帰ってきた甥の高虎が立っていた。


「『桜間市の猛獣』……」

「あ?!クソみてぇなあだ名で呼んでんじゃねぇぞ誰だテメー?!」


「高虎!!その人はウチの相談者だ!失礼な口を聞くな!」


 誰がいつ頃から呼び始めたのかわからないが『桜間市の猛獣』というのは甥の中学時代のあだ名だ。通り名と呼んでもいいだろう。


「すみませんね。あとでキツく叱っておきますから」

「……すんません」

 高虎は一応イヤイヤな雰囲気のまま頭を下げた。

 

「……ほ、ほんとにご家族なんですね……」

 ホスト風の男は急にテンションがダダ下がり……というか露骨にビビってる。どんだけウチの甥はヤバいんだ。


「一緒に暮らしてましてね」

「……そ、そうだったんですねぇ。はぁ……」

「クラト、私もう少し天城さんのお話聞きたいから座ろう?お願い」

 女性が出て行こうとしていた男性のところへ駆け寄り再度、腕を引いた。

 男性はまたも振り払おうと腕を少し動かしたが目の前の高虎の存在を思い出したのか、振り上げかけた腕を元に戻す。


「先輩、まだですか?!」

 開けっ放しの扉の向こうから声が聞こえた。

「あっ師匠、お疲れ様です」

「あぁ聖奈ちゃんもいたのか」

 高虎の後輩で俺のことを師匠と慕ってくれる女子高生。……なんか気持ち悪い紹介になっちゃうな。


「着替えるだけだから下で待ってろって言ったろうが」

 聖奈ちゃんにちょっと偉そうにする高虎を見て頬が緩む。同世代と絡んでる姿が微笑ましい。

 そんな姿、これまで見てこれなかったから……。

 高虎は着替える為か階段を登っていく。

  

「今日は東町の公園周辺に行くんですよ。あの大きな公園のある住宅街の――」

 聞いていないのに聖奈ちゃんは律儀に報告してくれる。できた弟子だ。

 

「――え?それって」


 ソファに戻っていた相談者の女性が会話に入ってきた。

「あの……そこって私の家の近くです」

「ん?あぁ、あの辺デッカい公園あるね。行ったことあったっけ?」


「……聖奈ちゃん、もしかしたら《出る》かも知れないから気をつけてね。高虎にも伝えておいて」

「え?……はい。わかりました。私、下で待つので失礼します」


 聖奈ちゃんは一瞬、言われたことを理解できず戸惑った表情を浮かべたが、すぐにコチラの真意を読み取ったのか真面目な表情に変わり頷いた。

「無理しないでね」

 この場を去る少女に伝える。

「俺がいるから無理はさせねぇよ」


 着替えて降りてきた高虎。

「お前こそ無理するなよ。あと……待ってる人がいないとは言え女の子を夜中まで連れ歩くなよ。なるべく早く送ってやれ」

 言いたくないのに小言みたいなものを言ってしまった。コレも歳のせいなのだろうか。

「あいあいキャプテン。んじゃいってくら」


 そうして頼もしい二人の若人を見送り、相談者の……なんとも言えない二人の男女に『今どれだけ危険か、どうすれば』を伝えた。

 高虎の姿を見てから男性の方が大人しくなったのでスムーズに話が進み、女性はとりあえず一度友人のところへと身を寄せると言っていた。


 

 ……よし。だいたいこんなもんか。

 雑ではあるが、このように記録を残しておく事が後に活きた経験から日誌のようなものを日頃から付けるようにしている。


 時計を見ると深夜を回っているのに甥はまだ帰ってこない。……でも以前のような不安はない。

 

 高虎に絡んでいた馬原兄弟とかいう不良達も今はまだ捕まっているらしく大人しくしているし、中学時代高虎に喧嘩売った奴らはもう敵わないとわかってる……らしい。


 つい先週、警察から連絡があったのは忘れよう。アレに関しては高虎が悪いという事はないわけだし……。


 ブルルルル!ブルルルル!!!!

 おやすみモードに入っていたスマホがけたたましく騒ぎ立てる……。

 深夜零時を越えてから鳴る電話に誰が出たいと思うものか。


 ……『桜間署 久留間さん』

 スマホの画面に映った名前を見て祈りながら出る。


「夜分遅くにすみません。……うちの若いのがね、お宅の高虎くんが血だらけのまま住宅街の往来で寝てるのを発見して今、救急車に乗せてるらしいんですよ――」


「――はい。すぐ向かいます」


《怪異》だなんてものに関わる甥が無事でいるという保証なんてないのに俺はバカだ。

 祈ったって何も変わらないのに。


 そして今日もまた、いつかのように深夜の街道を一人、車を走らせ甥の元へと向かうのだった。

 

 


  


 


 


 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

 


 

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