俺の住む街、行く高校
ここは桜間市は複数の市が統廃合したことで生まれた街だ。その西端に俺の住む叔父の家がある。
叔父の家と言っても一軒家ではなく廃れた商店街の薄汚れた小さなビルの二階が叔父の仕事場で三階が棲家だ。
俺はまだ高校生なのでここに間借りしていて住んでいるとも我が家とも思ってはいない。そんな厚かましい考え、俺にはできない。
同い年で一人暮らししてるやつなんて別に探せば見つかるし、俺もそのつもりでいたが叔父から高校は行っておけ、同年代と関わりを持てと言われたので高校に通ってはいるが……。
正直、たいして会話をする相手がいないというのが現状だ。
俺自身、受け身がちな性格というのもあるがそれ以上に元からの印象、中学時代に広まってしまった悪評が酷い。
『好きな女の子が転校生に興味を持った』だなんてバカ丸出しの理由で馬原弟に絡まれ、囲まれ殴られ蹴られ、やり返したら馬原兄が出てきて……と繰り返していただけなのに……いつの間にか俺は『桜間市の猛獣』だなんて笑えないあだ名を付けられていたんだ。
あり得ないだろ。
自らを守るために闘っただけなのに。
結局、他人と関わるってのはデメリットのほうが多いのだ。
なんてペシミスト気取りの言い訳を一人、頭の中で
思い浮かべているのは普段使わない駅で暇しているからだろう。
やる事がないと無駄な事を考えてしまう。
叔父の家の最寄駅から俺の通う桜間東高校までの間に位置するこの駅に俺が普段降り立つことはない。
ここにはなにもないからだ。
あるのは家、民家、誰かの家、あとちょっとコンビニとか歯医者。
じゃあなんでこんなところで朝からくだらない事を考えつつ立っているのか、学校はどうした?と思われるかもしれない。
実際、多くはない人が先ほどから俺を怪しい者を見る目で見てきていた。
…………素直に学校で声かければよかったかな。
と、少し後悔し始めていた。
俺は魔法少女後輩……じゃなくて水上聖奈という後輩をこの駅で待っている。
俺がこの世界で唯一、話をしたいと思っている相手だ。あの子にはどうしても聞きたい事がある。
だから俺はずっとこの普段使わない駅で暇しているというわけだ――。
「学生さん、学校どうしたの?」
駅のホームに備え付けられたベンチに腰掛けているとウトウトしてきたそんな頃、不意に肩を叩かれた。
「んぐっ?!あぁ……寝てました」
「困るよぉ、キミ桜間東の生徒でしょ?もうお昼になっちゃうけどせめて学校で寝てよ」
駅員か……。
時計を見ると十一時半になっていた。一時間近くこんなところで寝ていたのか……そりゃ怒られるわ。
いや怒ってないな。優しい駅員だ。
「すんません。人待ってたんですけどね」
「もうこんな時間だしその子も学校行ってるか休みでしょ?あっキミ別に体調悪いわけじゃないよね」
「うす。寝不足なだけです。……じゃあ学校行きます。ご迷惑おかけしました」
俺は起こしに来た駅員に軽く頭を下げて学校へ向かった。
最初から学校へ向かえばよかったな。
一昨日の朝、この駅から乗ってくるのを見かけたからここで待ってみたが……普段アイツは、ミナカミはここの駅を使わないのかも知れないな。
学校で話しかけると向こうに迷惑かけるかも知れないから校外で話したかったのだが仕方ない。
「……都成に頼むか」
『女子との交流関係の広さなら桜間市で俺の右に出る者はいない』と豪語する都成ならきっとミナカミのクラスもわかるだろうしアイツを連れて行けば変な噂も立たないだろう。
と安直に考えていた俺はきっと誰よりもバカなのだろう。……あぁ恥ずかしい。
――――――――――
昼前に学校に着いた俺はいつも通り授業が終わるのを待って教室へ入った。
様々な家庭から持ち込まれた弁当やコンビニの食い物が混ざり合ったニオイで教室は満たされている。
俺はこの煩雑なニオイが苦手だ。
多分これは俺がもう二度とお袋の味ってやつを口にする事ができないから羨んで僻んでいるところから来ているのだろう。
幼い頃に家族を亡くしたやつなら、きっとわかると思うんだけど……なにか周りと違ったり、ズレたりするたびに大人、子供関係なく『親がいないからだ』とか言われる事が多くて、いつからか自分でも周りと違う事を考えたり思うたび『親がいないからだ』とバカらしい悲観的な考えをしてしまい、そんなふざけた考え方が染み込まされている。と嫌な考え方をしてしまう事があるんだ。
本当はそんな事ない、ただの個人的な趣味嗜好なはずなのに。
「なに真剣な顔してんだよ」
どこからか帰ってきた都成に話しかけられる。
物思いにふけっているうちに昼休みは終わっていたらしく一部の生徒、まぁ後藤くんだけなんだけど……は午後の授業の準備をしている。
「なぁ一年の女子を紹介して欲しいって言ったら連れてってくれるか?」
「……?!お前誰だよ?」
都成はワザとらしく驚いたフリをする。
「はぁ?……もういいわ寝る」
「うそうそ!冗談じゃん。……はぁー珍しいこともあるもんだな」
都成がふざけたり感心したりしてるうちに教員が入ってきた。
が、別にウチの高校は授業なんてBGMみたいなもんなので話を続ける。
「水上聖奈ってわかるか」
「……ミナカミセイナ……?」
ロボットっぽい喋り方をする都成。
「ピーガガ、――現在検索中――」
「あぁそうか満足したら起こしてくれ」
付き合うのもアホくさいので自らの腕を枕に机に突っ伏したところで、なんとも言えない違和感を覚えた。
「……あれ?教員かわった?」
前は初老の男性教員だったはずが今現在、教壇に立っているのは若い女性教員だ。
……都成に話しかけたつもりだが返事はない。都成は未だに一人誰見ていないし誰も笑っていないのにロボットの真似事を続けている。アイアンハート都成恐るべし。
うーん。普段どの授業も寝てばっかだから、いつ教員がわかったかわからねぇな。……けどまぁどうでもいいか関係ねぇし。
「もう二週間くらい前からあの先生に変わってるよ」
左隣の都成、ではなく右隣の席からそんな声がしたので顔を向ける。
気だるそうに化粧を直している女子生徒がまつ毛かなんかを小指でぴょこぴょこいじっていた。
名前は、たしか……斉川だ。
「……マジか。知らんかったわ」
急に話しかけてきたけど関わりなんてないので俺はテキトーな相槌で会話を終わらせる。
「つーかさ、さっき言ってたミナカミってあの包帯巻いてる厨二病でしょ?あーし同中だし」
こっちは終わらせたはずなのにまだ話しかけてくる。が、有益な情報だ。
「あー、あの子そうだ!俺がすぐに思い出せないなんて、おかしいと思ったんだよ!そうだよ、あの子だ!」
都成はロボットの真似をやめたのか忘れたのか人間に戻って喜んでいる。
「……助かったわ」
俺は斉川にお礼を告げる。
斉川はこの間一度もコチラを見ることなくずっと鏡に映る自分と睨めっこしてる。
あぁ、一応言うと『睨めっこ』というのは比喩で実際は化粧をしている。
「つーか、なに?天城ってあーいう子がタイプなの?前に英玲奈が誘った時断ったくせに」
……なんでコイツはさっきまでロクに会話したこともないのにちょっと喋っただけで友達みたいな感じ出してくるんだろう。つーかエレナって誰だよ?
コイツの一人称か?いやさっき『あーし』って言ってたし違うか……。
まぁ関係ないしどうでもいいか。
「……は?無視?なにそれウザいんだけど」
斉川はようやくコチラを向いた。
いや、ずっと鏡見ててくれ面倒くさいから。
「はぁ、……そんなんじゃねぇよ。聞きたい事があるからってだけで以上も以下もねぇよ」
ウザいのはお前だよ。って本当は言いたいし前の自分なら間違いなく言って突っかかってた。
けどもう、俺ももう大人だし――。
「なにそれ?意味わかんない。キモっ」
「んだ、テメー喧嘩売ってんなら買うぞコラ!!」
「落ち着け高虎!相手は女子だぞ」
斉川の言葉にブチ切れて咄嗟に立ち上がってしまった俺の身体に都成が抱きついて止めてきた。
「はぁ?!なにキレてんの意味わかんない。ウザすぎ!つーか、あーしが教えてあげたんだから感謝される側なんですけど?マジキモい」
「あぁ?!それについてはお礼言っただろう!」
売り言葉に買い言葉とでも言おうか、我ながら情けないくらい簡単にヒートアップしてしまう。
「はぁ?!なにそれウザすぎ!つーかキモっ!キモっ!キモっ!」
「それしか言えねぇのかボケ!どんだけ頭悪いんだよ!その辺の小学生のほうが語彙力あるぞゴミカス!」
「やめてください!!」
聞き慣れない女性の声が教室にこだました。
声のする方を見ると悲痛な叫びを上げたであろう見慣れない新人教員が涙を流していた。
「……あーすんません。授業続けてください」
俺は冷静さを今更、取り戻し席に座る。
俺と同じく座る都成。
この新人教員はこの学校では珍しく生徒同士のいざこざに顔を突っ込むなんて感心だなと俺は謎の目線で思っていた。
「うるせーんだよババア!誰もテメーの授業なんか興味ねぇんだよ!引っ込んでろ!」
……俺たちと違い斉川は未だ全力でブチ切れていた。
「ひ、ひどいっ!」
涙を流して、走り去る新人教員の背中に「僕はちゃんと受けてますよ!」と声をかける後藤くん。
「ひでー!泣かせた」「大人が泣くなよなぁ」「え?なに?寝てたからわかんない」
クラスのバカどもは好き勝手盛り上がる。
「つーか、あーし悪くねぇし!悪いのはどう考えても天城じゃん!」と自分の非を棚に上げる斉川の強さに少しだけ憧れる。
「お前らのせいで授業が止まったんだ!どうしてくれるんだ」と後藤くんが地団駄を踏み出した。
これは比喩表現とかでなく、本当に子供みたいに足踏みをして騒いでいる。
「やべぇ!」「寝たふりしろ」「クソっ!後藤もバカだろ」
騒いでいたクラスメイトたちが全員揃って机に突っ伏した。
後藤くんはそんな光景の中一人プンスカ怒っている。怒られている斉川もまだ座らない。
どガーッんっ!!
と、壊すような勢いで扉が開き、我が校が誇る最強のゴリラ人間こと郡里くんが入ってきた。
「喧嘩してんのは誰だぁあ!?俺も混ぜろ!」
後藤くんと斉川以外、全員机の上に置いた腕に頭をつけて下を見ている。
後藤くんと斉川は郡里くんの方を見ないようにしている。
俺は……。
「なんだ?天城お前このクラスなのか」
「うす。お疲れ様です」
見つかった。
「で?誰と誰が喧嘩してんだ?勝った方と俺もやるぞ!」
「郡里くん、申し訳ないんだけど今立ってる二人を見てくれよ。地味なガリ勉くんと頭の軽いギャルがちょっと揉めただけなんだ。わかるだろ?残念ながら郡里くんの期待するような展開じゃないんだよ」
後藤くんと斉川は少しムッとした表情でコチラを見る。俺はお前らを救ってやってんだからそんな顔を向けるな。
「ちっ、なるほどな。じゃあお前がこい」
「……はぁ……」
郡里くんに捕まってしまった。
…………まぁ俺が悪い部分もあったと言えなくはないので仕方ないか……。
「すまん、無力な俺を許してくれ」
隣で都成が小さく呟いたのが聞こえた。