雨
「子供のこと、ですか」
「ええ。実のところ、私は大馬鹿者なのです」
言いながら、店主はよっこらせと近くの席に座った。
相変わらず視線は遠くの方を見ている。
何かを悲しんでいるようにも見えた。
「私は旅に出る前、故郷に実の子供と妻を置いて出ていったんです」
店主は下唇を噛む。
外は変わらず騒がしい。
集落の子供だろうか。
わいわいと走り回し、村人に怒られていた。
「喧嘩をしてしまったんですよ。少し大きな喧嘩を。そこで何かプツンとキレて、昔から憧れていた旅に出ることにしたんです」
「……帰ろうとは思わないんですか?」
尋ねると、店主は表情を暗くさせる。
拳をぎゅっと握りしめて、ぷるぷると震えていた。
「帰る場所がないんです。後から知ったことなんですが、私が故郷を去った後、魔物に襲われて村が滅びたらしいんですよ」
俺をちらりと一瞥し、
「奇跡的に生き残ってしまったんです。私は」
「……すみません。聞いてしまって」
「いいんですよ。誰かに話さないと、誰かに自分の罪を話さないと、きっと駄目になってしまう。……と言っても、私はもう現実から目を背けた人間。もともと駄目になっていて、今更だとは思うのですが」
店主は最後まで悲しげな表情を浮かべていた。
いや、悔しいとも言える。
なんとも言えない表情を最後まで浮かべていた。
「こちらお持ち帰り用のサンドイッチになります」
店を出る直前、店主からシャーロット用のサンドイッチを受け取る。
どうやらサービスしてくれているらしく、少し多めに入っていた。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「私の方こそ。今日はありがとうございました。また、機会があれば来てください」
「もちろんです。それでは」
言って、俺は店の外に出る。
少し時間が経ったのもあり、日が傾き始めていた。
さすがに早く帰らないとシャーロットに殺されてしまう。
ちらりと少女Aを見る。
「…………」
何も言わず、ただ喫茶店を眺めていた。
どうしたのだろうか。それほどサンドイッチが美味しかったのかな。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
確認を取ると、俺より先に少女Aが歩き出した。
俺も急ぎ足で追いつき、シャーロットが待っている宿へと向かう。
「うわ……やばいな」
頬に冷たい雫が伝う。
空を見上げると、あれほど晴れていたのに太陽は閉ざされ、深い雲に覆われていた。
パラパラと降り出した雨は次第に豪雨まではいかないものの、かなり降り出してきた。
「急がないと! ごめん、ちょっと走るよ!」




