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undecided  作者: 夏川いちこ
プロローグ
6/6

6.齧った果実は苦い

「マルス姉さん、起きて~」


 裏庭の端、木の上に居る人影にタウニーは声を掛ける。……が、人影が動く気配は無い。「おーい」と何度か声をかけたが、一向に動きそうにない。身じろぎすら取らないので、深い眠りについているのかもしれない。


「かくなる上は……、ティア~! 聞こえてたら降りてきて!」


 タウニーがそう言えば、シュルシュルと木の幹を這って白い蛇が現れた。赤い瞳をしている。アルビノというやつだろうか。


「ね、オレの代わりにキミのご主人を起こしてきてくれない? えー、ダメ? そこをなんとか! 良いネズミを仕入れるよ! あ、カエルの方が良い? オーケー、今度持って行く」


 交渉が成立したのか、ティアと呼ばれた白蛇は木の上へと戻っていった。しばらくして、うぎゃ!という小さな悲鳴が耳に届く。


「一体何だと思ったら、タウニーちゃんじゃない。そちらは彼女? ヒュウ! 遂にあなたにも春が訪れたのね! ちゃんと紹介に来るなんて良い心掛けだわ~」

「待って、その誤解は命に関わる。具体的に言うとシアンに殺される」

「あらあらあら~?」


 木の上からひらりと降りてきた女性は、そう言って私の顔をのぞき込む。赤く熟れた林檎のような色の髪と瞳。インナーには目も覚めるような新緑のグリーンが入っている。シアンと似たような髪型ではあるが、彼女の方がはるかに長い。

 タウニーと似た白い軍服はタイトなロングスカートになっており、マルスと呼ばれた目の前の女性のスタイルの良さを際立たせている。先ほどの白い蛇は彼女の体に巻き付いて、こちらの動向を静かに伺っていた。


「凄いわ! 古代魔術に基づいた保護術式に最新の定義を組み込んでる。こーんなに古いの使ってる人初めて見た、一瞬呪いかと思ってしまったもの」

「ソレ、シアン」

「でしょうね。こんなに神経質でクセのある魔術式を書くの、あの子くらいのものでしょうから」

「えっと、わたし、呪われてはいないんですよね……?」

「ある意味、呪いよりも厄介ねぇ」


 えいっ、掛け声と共にマルスさんが私の頬をつまむ。そのままムニムニとこねくり回されるが、白い手袋越しであるとはいえ、強烈な違和感が襲った。


「触れられている感覚はあるんですけど、痛みが一切ない……」

「日常の些細な痛みすら取り払ってしまうなんて、逆に危険よね。あの子、愛情をこめて植物を育てたら根腐れさせるタイプなのかも。知らなかったわ~」

「その上ぶつかっただけだとしても、相手に悪意があればオートで反撃するようになってる。威力設定も凄まじい、死人が出る」

「そ、そんな。私、いつのまに歩く人間兵器みたいな事になっていたんですか!?」

「少なくとも、俺が最初に会った時は既にこの状態だったよ」

「それじゃあもう、シアンと出会ってすぐの時からじゃないですか……!」

「初対面かつ事前に承諾も得ずにこんな事をやったの? 流石のマルスお姉さんもこれにはびっくり、言葉が出ない。魔法・魔術学科主席卒業サマはやることが違いますなぁ」

「歴代の主席に対する風評被害も甚だしい! ラピス先輩が聞いたら怒ると思うよ」

「ラピスちゃんはラピスちゃんで順当にイカれてるから別に……」


 事実だし~と悪びれた様子の無いマルスに対して、タウニーは苦虫を噛み潰したような微妙な表情を浮かべていた。


「その、呪いではなく保護? を解除する方法はありませんか?」

「本人に解除して貰うしかないわねぇ」

「マルスならどうにか出来ない?」

「頑張れば出来なくもないけど~、しばらくの間私が使い物にならなくなるのと、失敗した場合のリスクが大きい。あと、単純に要求される技術の難易度が高いから対価も無しにやりたくない」

「シアン本人に聞いてみます……」


 果たしてかけられた保護魔法? 魔術? を解除してもらえるのだろうか。危険の溢れる世界で身の安全が保障されるのは良いことではあるのだが、それにも限度がある。


「それで、話が大きく逸れてしまったけれど。私にどんなご用時?」

「ナビゲーターの事を紹介しに来たんだ。彼女、異世界から来たからこの世界の事もわからないし、現状、同性の知り合いも居ないから手助けをしてほしくて」

「なるほどねぇ、この子の状況についてはある程度把握しているし、私に出来る事ならなんなりと。暇な時なら相談に乗れるし。あ、そうだ! 今度一緒に買い物にでも行く? 必要な物も沢山あるでしょう」

「ありがとうございます、ぜひお時間がある時にでも」

「それじゃあ時間が出来たら事前にお手紙でも送ろうかしら。ナビゲーターちゃんって居住区は何処になるの?」

「……どこになるんでしょう。街に宿泊施設ってありますか?」


 そう告げれば、背後に雷でも落ちたかのように驚いた表情をして、マルスさんが口を開く。


「イレギュラーへの対応だったとしても、最低限の衣食住の確保はされてしかるべきでしょうに!」

「その、女王陛下から頂いたものの中にはお金や日用品もありましたから。こちらの金銭の取り扱いや相場についてはわかりませんが、それなりの額はありましたので」

「ちょっと、待ってちょうだい」


 マルスさんは頭が痛むのか眉間を手で押さえ、深呼吸する。一呼吸ついて、タウニーさんの方へ向き直った。


「どういうこと? この子の役割からして、この城の賓客として扱われるものではないのかしら。事前に知識を身に着けるための教師の手配も必要でしょう。迎賓館へ案内されるのが通常の流れでは?」

「その辺の事情は俺も詳しくないけど……。まぁ、言いたくはないが現在の王宮に身を置いておく方が危険と判断されたんじゃない? ほら、彼女の権限からしてシアンの館で暮らした方が都合が良いでしょ」

「……よくもまぁ、素知らぬ顔ができたもの。大衆の求める"英雄"の振る舞いが上手になったわね」

「発言に棘があるなあ! 俺にだって、どうしようも無い事は山のようにある。可能な限り最善を尽くそうとしているんだよ、これでも」

「知っているわ。貴方が誰よりも陛下へ忠誠を誓っていることも」


 そして、それ以外がどうなろうとも「必要な犠牲」として割り切れる事も。マルスは心の内で独りごちた。


 度重なる世界のイレギュラーと、その調律の為に現れたイレギュラー。きっと世界は変革の時を迎えている。シアンちゃんの前任の行いを考えるに、私とはまた別の、知らなくていい世界の真実を知っている。それは、心を病んで、世界を滅ぼしてしまいたくなるほどの孤独でもあった。


 だからこそ、新たな歴史の管理人は、以前にも増して人の心がわからない。彼らは定められた歴史を、その通りに進める義務がある。誰か一人に肩入れなんてしてはならないのだ。中立であるために、初めから感情が希薄であるように、そうあるように造られた(・・・・)


 結末に辿り着くまでの道のりで、どれだけの無辜の民が死のうが関係ない。結果が同じであれば後の些末な事はどうでも良い。そのような男であるはずなのに、目の前にいる一人の少女に心を動かされた! エマージェンシー! 頭の中で警告音が鳴りやまない!


 気づかなくて良いことにマルスは気づいてしまった。頭の中で点と点が繋がって、真実になる。


 突如として現れた調律の役目を与えられた少女。そしてその権限は管理人と共にいる時にしか発揮されない。それはつまり、管理人の為に誂えられた、オーダーメイドの片翼。一方通行の比翼連理。前任のような失敗を繰り返さない為に、異世界から連れ去ってきた彼の為の生贄。それが目の前にいる彼女なのだろう。


「どうしてこう……」


 この世界は残酷なのかしら。マルスは目の前の少女を憐れまずにはいられなかった。そうして、マルスの内心なんて知る由もないナビゲーターは「(この世界に来てから、会う人全員に憐みのこもった眼差しを向けられているなぁ)」と遠い目をするしかなかった。

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