5.始まりはもうすぐそこ
戻り方を聞けるような雰囲気ではなかったのでそのまま退散したが、行く当てもないので何処か休憩できる所でも探そうと歩き出す。運の良いことに、しばらく歩けば木陰になった場所に白いガーデンベンチが置かれていたため、ナビゲーターは休息を求めてそこへ座った。
女王陛下に戴いたアンティークの箱が手元に出てくるように頭の中で念じれば、すぐさま目の前に現れる。それにまた感動しながら添えられた説明書に一通り目を通す。この魔導具の出し入れの方法から、失くした際の対処法まで書かれている。持ち主に設定された人以外は開けることができないとは、セキュリティ対策万全だ。
「これは、外で開けて良いものなのかな」
淀みの情報は機密事項だったりするのだろうか。しかしまぁ、突然現れた何処の馬の骨とも知れぬ女に知られてはいけない重要な情報は渡さないだろう。それに外で開けてはならないとも、人に見られてはならないとも言われなかった。揚げ足取りだろうか? この世界での役割について加味するとなんとも言えないけれど。
それでも、竜宮城の乙姫様だって玉手箱についての説明はしっかりしていたのだ。開けてはならぬ、とは言われていない。自分に関わる情報なので速く確認しておきたかった。
ぱかりと蓋を開けると底の見えない無の空間が広がっている。深淵だ。意を決っして手を突っ込めば、資料以外のものが山のように出てきた。服の着替え、食料、アメニティセットにエトセトラ。それから袋に詰まった大金。
この世界の金銭については知らないが、恐らく安い宿であれば数年は過ごせるのではないかというような量が詰まっており眩暈がする。まるで上京する娘にあれこれ持たせる母親のようだと不敬極まりない感想を抱いたが、ありがたいことに変わりは無い。
なにせ、一文無し。職も無ければ衣食住も確保していない。淀みがどうこうよりもまずは生活の基盤を整えなければならないのだ。女王陛下、すごく気にかけてくださる。シアンは苦手意識を持っているみたいだけど、とても優しい人なのではないかと思った。
一通り中に入っていた物を把握したので、ようやく本題である資料を読む事にした。これまた原理は不明だが、この世界の文字は読めるのだ。脳に自動翻訳機能が事前にインプットされているかのようにスラスラ読める。一枚ずつ目を通していけば端に地図が載っており、今いる中央の国を中心としてぐるりと周りを囲むよう東西南北と国が分かれている。エリアというのはどうやら自分の感覚で言う所の県のような扱いに近そうだ。
「お待たせ! 一人にしてしまってゴメンね!」
最初の出会いと同じように、何の前触れも無く突然目の前に現れたタウニーに対して、彼女は驚いて目をパチパチと瞬かせる。なんとも心臓に悪い登場の仕方だと思った。
「ちょっとシアンが呼び出しをくらっちゃってね~。アイツ、あんな感じだけど結構重宝されてて。だけどこの場を毛嫌いしてるだろう? 滅多に出向くことがないから今の内にってこぞって人がやってくるんだ」
「それはなんというか、大変ですね。まだ時間はかかりそうでしたか?」
「ア~、もうちょっとかかるかも」
げんなりとした顔でそう呟く彼は先ほどよりも草臥れたように見えた。隣に座って良いかと聞かれ頷く。ホッとしたようにナビゲーターの隣に座り一息吐いた。
「シアンとの緩衝材として俺まで連れていかれると思ってなくてさぁ。いやウソ。そうなるだろうなとは想像できてた」
「話している姿を見ていて思いましたけど、お二人は仲が良いですよね」
「仲が良いとはまた違うような。腐れ縁みたいなものだから他の奴らよりはシアンと話せるってだけで」
うんうんと唸りながら頭を悩ませている。私から見ればテンポよく軽口を言い合っているし、気心の知れた仲のように見受けられたけれど。実際はそんなに簡単な話でもないらしい。人の関係性というのは複雑だ。
「あの場に俺が残っても出来ることなんて無いし抜け出してきちゃった。キミをずっと一人にするワケにもいかないからね」
「抜け出してきてよかったんですか? 私としてはとても助かりましたけど……」
「良いんじゃないかな、なんだかんだで仕事に対しては真面目だから大丈夫でしょ」
マァ、空気に耐えられなくて出てきたんだけど。と目を反らしながらぽそりと呟く。それは本当に大丈夫なのだろうかと不安に思うけれど、彼女としても彼が来なければあてもなく彷徨い続けるだけだったので流すことにした。
「二人を探していたんですが道に迷ってしまって、もう帰れないかと諦めかけてたんです。来てくれてよかった」
「ここ広いもんねぇ、初めてだと迷っちゃうのも仕方ないよ。でもキミなら目的地を明確に思い浮かべればたどり着けるんじゃない?」
「そうなんですか?」
「キミの権限を詳しく知っているわけじゃないから言い切る事はできないけどね。シアンとの兼ね合いも謎だし。機会があったら試してみてよ、俺のと使い方は似ている感じがするし」
魔法でも権限でもなんだって、想像力は大事だからねぇと言いながら彼は一口サイズのチョコレートを取り出し口へ含む。ああ、大事なことを忘れていたとタウニーは話を続けた。
「ご褒美のキャンディー、特別に好きなのを選んでいいよ~!」
最初に出会ったときに渡されたはちみつキャンディーだけでなく、ストロベリー、レモン、グレープと様々なフレーバーの可愛らしい形をした飴がタウニーの前にポンポンと出てくる。キャンディー以外にもクッキーやマシュマロもあるよ。チョコでも良いけど! と際限なく出そうとしているのを止めて、ナビゲーターははちみつキャンディーをひとつ貰うことにした。
「はちみつキャンディーとはお目が高い。でも1つでいいの?」
「先ほどもいっぱいもらったので十分すぎるくらいです」
「欲がないねぇ。それにしても、さっきも蜂蜜を渡したけどキミは蜂蜜が好きだったりする?」
「はい、好きですよ」
「それは良い事を聞いた! 実はオレ、はちみつキャンディやはちみつクッキーを小熊屋の店主と共同開発しててねぇ。もし見かけたらぜひ買ってね~」
「小熊屋ですか、覚えておきます」
「色んな所に展開しているからねぇ。この世界を歩き回っていたら、どこかで必ず会えると思うよ。城内でもたまに出張店としてお店を開いてるし」
「手広いですね」
「日常使いの消耗品から魔法の素材や魔道具まで、色々取り揃えてるから見てるだけでも楽しいよ!」
ニコニコとご機嫌な笑顔を浮かべるタウニーを見ていれば、たとえどんなに興味が無かったとしても「楽しそうだ」と思わせる力がある人だなと思った。一緒にいるだけで場が華やぐが、それが嫌味にならない。燦然と輝く太陽というよりは、春の木漏れ日で出来た優しい陽だまりのような暖かさを持ち合わせた人だ。
「そうだ! せっかく時間もあるんだし、頼れる同性の知り合いが居た方がここでの生活も安心するでしょ。紹介するよ!」
「いいんですか? 時間帯からしてもお仕事中なんじゃ……?」
「どうせサボってるから大丈夫!」
それはそれで大丈夫なのだろうか……? ここに来てから何かと不安に駆られがちなナビゲーターであった。しかし、そんな不安を余所にタウニーは「ついてきて!」とベンチから立ち上がり歩き出す。彼女も慌てて立ち上がり後ろを着いて行けば、彼はナビゲーターの歩幅に合わせて速度を落とし、隣に並び歩く。
「ここからすぐの場所だよ、裏庭でサボっている事が多いからねぇ」
「どんな方なんですか?」
「どんな……、うーん。だいたい昼寝したりサボったりしてるけどやる時はやる人? 曲がりなりにも法の執行官だからねぇ」
「法を司る人がサボりがちなのは、その、色々と大丈夫なのでしょうか……?」
「まぁ、あれだよ。抜け目が無いというか、効率的に物事を運べるからこそ時間を持て余しているだけみたいな所があるというか。与えられた以上の事はやりたがらないタイプなんだよね」
「なるほど」




