3.きっと君は何処へでも行ける
「やァ、お邪魔するよ!」
今まで漂っていた空気が霧散するような、そんな明るい声が突如部屋に響いた。シアンは無粋な来客に対し顔を顰める。対していきなりこの場所に現れた男は二人を見るなり固まった後、それはもう見事に飛び跳ねた。
ナビゲーターの脳裏にはキュウリを見て驚く猫の映像が過ぎった。アニメみたいなリアクションをする人に初めて出会った感動がじわりと訪れる。
「え、キミ、本当にシアン? 俺が見ているのは悪い夢?」
「失礼な男だ。私は私でしかないよ」
「えぇ〜、じゃあ変なものでも食べた?それともどっかで恨みを買って呪いでもかけられたか」
口元に手を当てわかりやすくドン引きしています……といった仕草をした男もまた、整った顔立ちをしていた。蜂蜜のような腰まである長い金の髪を赤いリボンで一つに結わえ、白い軍服のようなものを纏っている。リボンと同じ色のストラは服とのコントラストで映えており、全体的に紅白カラーで仕立て上げられていてなんだか縁起が良さそうだ。耳にあるピアスは彼が動くたびにしゃらりと軽やかに揺れている。
ここに来てから顔の整った人にしか出会っていない。まだ二人だけれど。もしかしてこの世界じゃこれ標準なのだろうか。自分よりも美しい異性に囲まれ少し居た堪れなくなる。
「君の目に映る私はそんなに可笑しいだろうか」
「可笑しいもなにも、えぇ……怖……」
「はっきりと口にしたらどうだい?」
身の毛もよだつ様な微笑みを湛え、冷ややかな眼差しを向けるシアンに対し男はいつものシアンだ! と安堵していた。それでいいのか、と思うものの多分こちらが普段の彼なのだろう。
「いつだって他人を無機質な目で平等に計る君が、一人の少女に対して心を砕いている! 普段のキミを知っている人ほど恐ろしくなる光景だね」
「それは仕方がない。なにせ彼女は運命だから」
「今運命って言った?」
天変地異の前触れを嘆くかのような動作で両腕を抱く。鳥肌が立ったと呟く男に親近感を覚えた。私だって初耳だ。きっと普段のシアンと比べる事も出来ないくらいの対応をされているのは金髪の彼の反応を見れば一目瞭然だけれど、運命を信じる様な男には到底思えなかった。
甘やかな砂糖菓子で包み込むような対応をされている自覚はある。とはいえ、時折見え隠れする世間を倦んだような瞳からは他者に対して「運命」を感じるような男にはどうにも見えなかったのだ。
「彼女に出会って初めて感情というもの理解したよ。心が躍る、というのはこういった情動を指すのだろうね」
「……オマエが心底浮かれきっているというのは理解した」
やれやれ、と首を振る彼は私の方に体を向け、恭しく礼を取った。釣り上がった瞳を笑みの形で細めると、どことなく狐のような雰囲気がある。
「初めまして、異郷の方。俺はタウニー。王宮に仕える者さ。便宜上キミの事は権限であるナビゲーターと呼ばせてもらうよ」
「初めまして、タウニーさん。よろしくお願いします」
「さん付けなんて堅苦しい、タウニーで良いよ!」
体感温度が三度ほど下がった心地がする。発生源は見なくてもわかるが、いったい何が駄目だったのか。呼び捨てにすることだろうか? 話の流れからしてそれしか無いよなぁ。敬称に関して、シアンと話す際にした押し問答が頭に浮かぶ。
「シアンさん」と呼べば「シアン」とだけ返される。それを何度か繰り返し、見えない圧に耐えかねた私は呼び捨てにすることにした。シアンと呼んだ際の満足げな表情に、これだけ喜んでくれるのなら別に良いかと思うことにしたのだ。無理やりにでも納得しておかないと精神的にもよろしくない。
そんな回想をしつつタウニーを伺う。シアンの様子をまったく気することもなく表情を変えずに話を続けたため、彼女はタウニーに対して尊敬の念を抱いた。
「お近づきの印にタウニー特製のはちみつキャンディをプレゼント!」
パッと手を広げれば、キラキラと光る星型の飴が色とりどりの包装紙に包まれ宙に浮かんでいた。思わず見惚れて感嘆の息を吐く。はいドウゾ、と渡されたキャンディーはひと粒ひと粒が宝石のようで食べるのがもったいなく感じる。
「ありがとうございます、大切に食べますね」
「いいよ〜。シアンに目を付けられてしまった可哀想なキミに送るささやかな餞別さ」
「ハハハ」
乾いた笑みが漏れた。心の底から憐れみに満ちていたので怒るに怒れない。それに今までの僅かな時間だけで嫌というくらい実感していたので否定も出来なかった。
「もう良いだろう、それで要件は?」
「ウワ大人気無い」
シアンは私の隣へ立ち腰を引き寄せる。彼の力に敵うわけもなく、そのままシアンの方へ体を寄せる事となった。何にも執着しない分、その矛先が一人へ向いたらこうなるんだなぁとタウニーは一周回って感心していた。
「要件は王宮への招集通達だよ。はいコレ」
「たかが紙切れ如きに行動を左右されたくないんだがね」
「そんなこと言っても決まりなんだから仕方ないでしょ」
「私は彼女とずっとここで過ごしても良いのだが」
「俺達が良くないんだよねぇ。それに、彼女にまでペナルティは負わせたくないデショ」
タウニーはニッコリと笑みを浮かべる。シアンは溜息を吐き書状を受け取った。内容を読み終え手を離すと勝手に紙はファイルへ収まる。ふよふよと浮かび、ファイルを開くこともなくすり抜けていたので便利だなぁと思った。詳しい原理は考えない方向で。
「そんなわけで、このまま一緒に王宮に向かう?」
「ハァ、まあそちらの方が合理的か」
「向かうって、どうやって?」
そう疑問を口にすると、タウニーはニヤリと笑い指を鳴らす。すると光の粒子が地面から幾重にも湧きあがり魔法陣が広がる。驚いて視線を彷徨わせると輝く金の瞳と目が合う。
「こうやって!」
言うや否や視界が真っ白に染まる。その眩しさにギュッと目を瞑った。数秒後、笑いをこらえるような声がかかる。
「もう目を開けて大丈夫、着いたよ」
「え、あ、本当だ。いつのまに……」
見渡せば先ほどとはまったく別の景色が広がっていた。広い廊下は窓から差し込む午後の光を受け、白く照らされている。窓の縁を彩る繊細な細工も、近くの扉に施された意匠も。どこを取っても緻密に設計された品の良さがあった。
「シアンに会った時もそうだけど、ここの人って皆こういった風に場所を移動するの?」
「皆ってワケでは無いかな。魔法を使える一部の奴だけ。俺の場合は権限も関係してるけど」
「魔法かぁ、私も使えたりしないかな?」
「んー、残念だけどキミに魔力の流れは見えないなぁ」
それはつまり、使えないということか。せっかくなら魔法を自分でも使ってみたかったのだけど、そう都合よくはいかないらしい。ゲームの中に出てくるような魔法使いに憧れがあったから簡単なものでも使えたらな、なんて思っていたからがっかりしてしまう。
「自由に移動ができるのなら、私の権限ってあまり特別なものではなさそうだけど」
「まさか、ナビゲーターほど特別なものもないよ」
「シアンの言う通り。唯一無二の性質だよねぇ」
こうして喋っている間もシアンは当たり前のように密着したままでいる。ついには彼女の髪の毛をくるくると指に巻き付ける始末。この距離感にもだんだんと慣れてきてしまったナビゲーターはされるがままだ。タウニーもいちいち突っ込みを入れるのが面倒になったので流すことにした。
「私は一度行った場所にしか行けない。でもナビゲーターは行ったことの無い場所、それこそ立ち入り禁止区域にだって自由に出入りできる。私と共になら」
「それがネックだよね、一人で移動出来たら便利なのに」
「フフ、それが私と彼女が運命である証左だよ」
「何度見ても今のキミは幻なのではないかと疑ってしまうな、こんな現実が訪れるとは昨日の俺は考えもしなかっただろうね」
思わず運命であるという台詞を否定しそうになったが踏みとどまる。もし口にしていたのなら如何に自分達という存在が運命であるかを滔々と語られるのが目に見えていたからだ。あまり聞きたくはない。なにせナビゲーターは言いくるめられやすい自覚があったからだ。さも当然ですといった顔で理路整然と話されてしまえば、そうかもしれないと納得してしまうだろう。押しに弱いのだ。タウニーは話題を変えるように言葉を続ける。
「ここ、執務室にも応接室にも近いから移動地点に丁度良いんだよね」
「直接謁見の間に行ってもよかったのだが」
「流石にそんな不敬は働けないよ」
俺たちみ~んな蜂の巣にされてしまうとケラケラ笑っているがまったくもって笑いごとに聞こえない。流れるように王宮まで連れてこられてしまったが、一市民が女王と呼ばれる方と対面するなんて想像するだけでも胃が痛くなってしまう。女王陛下と対面する際のマナーなんてこれっぽちもわからない。対応を間違えれば即牢屋なのではと顔が真っ青になる。
「それに、いきなり女王陛下に対面させるなんて酷な真似もできないし」
「それなら彼女を連れて帰ってもいいかい? 三百年後くらいには訪れるよ」
「絶対来ないじゃん」




