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undecided  作者: 夏川いちこ
序章
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2.悠然と佇む非現実


 暫く話し込み、ようやくこの場所が夢ではなく現実であると実感が湧く。そうなってくると夢現のままぼんやりとした意識で話していたため、失礼な態度を取ってしまっていたと謝罪と共に敬語で話そうとしたが、今まで通りに話してほしいと言われたためそのまま話す事になった。有無を言わせぬ微笑みに気圧されてしまったのだ。


 とりあえず、今まで聞いた話をまとめると。この世界に住む人々には生まれた時からそれぞれに"役割"というものが与えられているそうだ。例えば世界の大多数を占めるオーディナリー。役無しと呼ばれ、いわゆる一般人に該当する。シアン曰く「ただ当たり前に過ぎ去る日常を営む事を繰り返すだけの人々」だそうだ。彼らには権限も与えられず有事の際も詳しい経緯を知る事を許されない。どことなく棘のある言い方ではあったけれど、一番平和に過ごせるのがこの人たちらしいのでナビゲーターにとってはとても魅力的だった。


 その次にシアンのように特殊な役割を与えられたプリビレッジ。全体でみてもその人数は少なく、ピラミッドの上位に位置する。それは世界の管理だとか根幹に関わる、もしくは近しい場所に居る者に与えられる役であった。と言うと因果が逆みたいだ。先に「役持ち」が誕生し、その後に与えられた役割を遂行する。役というのは目指してなれるものでは無いようだ。


 私も多少状況は異なるがこの立ち位置にいるらしい。現時点での役割は不明。役割が初めから決まっている人もいれば、権限だけを与えられ、役割は後から生まれる人もいるそう。私の権限についてはこの世界に君臨する女王からの通達であったとシアンは語る。


「久しぶりに王宮から招集の手紙が来るものだから驚いたよ。あまりあの場所は好きではないのだけれど、面白い話も聞けたし、何よりキミに出会えた」


 こんなに素晴らしいこと、永く生きてきて初めてだ! と、まるで大切な宝物でも眺める少年のようにキラキラとした眼差しで見つめてくる。それでも、何が彼の琴線に触れたのかサッパリわからないナビゲータはただただ困惑することしか出来なかった。


「王宮って? 女王様は私のことを知っているの?」

「王宮はこの世界の中枢だよ。中央の国と呼ばれる場所にあり、総ての頂点に君臨するのが我らが女王陛下だ」


 皮肉のように告げる声音だけでなく、その表情からもシアンが女王を毛嫌いしているのだろう事がありありと伝わってくる。もしかして、すごく怖い人なんだろうかとナビゲーターは不安になった。


「知ってるか、と言われればそうだね。王宮が抱えている占い師は先を視る事ができる。彼の占いに君が引っかかったのだろう」

「未来予知ができるの?」

「そこまで万能ではないけれど、兼ね間違ってはいない」


 とんでもない世界に来たものだ。占いって統計学みたいなものじゃ……?それで正確な未来が視えるのなら、それはもう占いでは無く未来視などの括りでは。と少し占いに対して懐疑的な印象を持つ彼女は思った。テレビの朝の占いコーナーは好きではあるけど。


「そこで君がナビゲーターという権限を与えられていることもわかったんだ」

「何でもわかるんだね……」


 ツッコミを入れるのも諦めてしまうような何でもあり具合だ。シアンが最初に言っていたように「そういうものだ」と受け入れる方が楽なのだろう。なんだか大事なモノを失ってしまうような気もするけど、自分の知っている常識に現在直面しているすべての事象を当てはめるのはどうにも難しい。


「君は何処へでも行ける。文字通り最果ての空や遠い海の底へだって。ただ、その力は他者を案内する時にしか発揮されない。なにせ君は鍵でしかないから」

「案内をするのに鍵なの? 変な話だね」

「本当にね。でも、それも含めてナビゲーターなんだよ」


 ただの図書館の管理人が世界の記録を任されているのだから、そういったこともあるんだろうね。そう言い、話し込む前に用意していたティーカップを持ち上げ口につける。その動作があまりにも様になっているものだから、異世界ではなく貴族の屋敷にでも迷い込んだのではないか。なんて妙な錯覚を抱いた。

 ナビゲーターも自分の前に置かれているティーカップを手に取れば、淡く透き通った琥珀色の水面が揺れる。鼻を通り抜ける甘やかな香りを堪能し口をつけた。一口飲み干せば、花や果物を混ぜ合わせたようなフレーバーが咥内に広がりとても美味しい。見た目も、味も、私の知っている紅茶(よりもきっと高価なのだろうけど)と変わりないのに、ここは自分の居た場所とは違う世界なのだから不思議だ。


「そして、その鍵を唯一行使出来るのが私だ」


 目の前の紅茶に意識を割いていたが、思わず顔をゆっくりと上げる。こちらを見てとろりと蕩けるように微笑む姿は、慈愛に満ちているようにも見えるのにどうしてだかゾワリとしたものが背中を駆ける。まるで絡みとられるようなその視線に体が固まった。蛇に睨まれた蛙とはこのような気持ちなのだろうか。

 実際には睨まれている訳でもなく、ただ親愛の情を乗せた眼差しで見られているだけ。のはずなのだが。この人が最初から私に対して好意的であったのはどうやら権限が関係しているみたいだ。


「他の人だと駄目なの?」

「無理だろうね」


 バッサリと否定される。なんとなく、権限と言うのはゲームでいう所の固有スキルみたいな認識だったけれど。私の場合はアイテムのような扱いになってはいないか。カーナビみたいな道案内機能が搭載されていて、鍵が掛かってる部屋にはピッとカードキーのように使えるイメージ。

 誰でも使えそうだしなかなか便利なアイテムのように思えるけど、使えるのはシアンだけとはこれ如何に。自分で自分の事をアイテムって呼ぶのも嫌だけど、でも実際にどうやってこの権限を使うのかわからないしなぁ。


「私の権限はマスターキーの使用を認めるものだ。他の誰にも、この様な権限を持っている者は居なかった」

「いや、でも、私はマスターキーではないのでは」

「どこにでも行ける君が、ただの鍵に過ぎないと?」


 そう言われ、言葉に詰まる。例えばこの世界がマンションであったとするならば、対応した一つの部屋だけでなく、他のフロアも自由に出入りできるようなものなのだから一般的な鍵ではないだろう。否定できる要素を探そうにも見つからない。


「最初はね、なんの役にも立たない権限を与えたこの世界に不満を覚えていたよ。だって、マスターキーなんて探しても見当たらないから」


 だけどね、テーブルに片手をつけ身を乗り出す。もう片方の手が私の頬へ伸び、黒い手袋越しの感触が嫌にはっきりと感じられた。


「私の前に君が現れた。私の対。私だけのキミ」


 薄いウィローグリーンの瞳に覗き込まれ、視線を逸らすことも出来ずに息を詰める。どことなく昏い熱の篭った瞳に、人間の視線にはこれ程の感情を乗せる事ができるのかと気が遠くなった。ただの一般人なので、このような自身の常識外にあるよくわからない男に対応する術を持ち合わせていないのだ。なにせ、出会ったのは数時間前。初対面に等しいのだからどこに地雷が存在するかもわからない。


「君を初めて目にした時の感情をどうすれば言葉に表せるだろうか。それ程に、私には衝撃的だった」


 むせ返るような甘さを含んだ声。恋人同士が密やかに交わす睦言のような空気を漂わせている男を前にナビゲーターは絶句した。なにせ初対面なので。いくら美しい顔立ちをしているからといっても許容できるものではない。

 だけど、悲しいかな。彼女は受動的な女だった。他者を受け入れることに慣れきっていて、強く出れない。頬を指で撫で上げる男を前に怯える事しか出来なかった。ナビゲーターはあまり表情に出るタイプでは無いので、その怯えが彼に伝わっているのかは定かではないけれど。


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