初配信
日曜日の午後8時。それは新人Vtuber(仮)である"夢黒亡"が初配信を行うと予告していた日時。
企業勢でもないただの個人Vtuberの初配信の待機所には既に数千人というリスナーが今か今かと放送の開始を待ちわびていた。
コメント
:いやぁ……新人個人Vtuberの初配信にこんなに待機人数がいるとはすごいですねぇ……
:俺、もうこの子のチャンネル登録してたわ
:俺もしてるんだよなぁ……
:今なら古参面出来るんじゃないですか!?
:真の古参は2年前からの奴らなんだよなぁ……
:2年前……はて? 今日が初配信なのですが……
:戻ってきた奴ら多すぎないか???
:結局本人なのかもわからん
:当たり前だよなぁ!? アカウントが動いたのはマジで2年ぶりだったんやぞ
:まだですか……《モモchannel》
何気ない顔で、当然のように大御所のVtuberがコメントを残す。そのことに気づいたコメント欄も賑わいを見せる。
:どんだけ待ったと思ってんねん
:後方リスナー面よ
:ファッ!?モモちゃん来とるやん
:オイオイオイ、大ファン来ちまったわ
:そりゃあ来るんだよなぁ……
:亡者筆頭ぞ
:久々に聞いたけどリスナーネーム怖くない?
亡者とは夢黒亡が現役だったころに視聴者についていた総称だ。
:名前にも掛かってるから間違ってはいないのがアレ
:早く声を聴かせて《木南みかん》
:バッチリだったから定着しちゃったんよ
:うわぁ!? 出たぁ!?
:早く《木南みかん》
:黄色までいるのか……
:やばい同僚筆頭さんや
そんなコメント欄が流れていくうちに、待機所が動き始める。
それは、当時にはまだ珍しかった配信待機画面が表示され始めた。
:うわなっつ
:なっつ
:切り抜き以来だわ
:本家見れるのたすかるぅ~
:あの頃だと、こういう待機画面も少なかったよなぁ
:どっちかというと動画勢も多かったからな
:今では配信メインみたいな方が多いんだけど、昔だと動画で初めましてがほとんど
:今でも何かと動画勢は助かるんよな
:動画勢好き
:配信の合間に見れるし追いやすい。
待機画面が取れて、背景と2Dモデルが映る。腰まである黒髪のポニーテールに白のワンピース。一見して清楚なその服装、その上から黒の男物のジャケットを羽織っている。
赤い瞳はくりくりと大きく、一目見れば美少女であると断言できるほど。
「えーっと、これでよかったかな……」
マイクの調子を確かめるように、ハスキーな可愛らしい声が入る。
:きちゃ
:きちゃわね
:やっぱモデルかわいいな
:え、めちゃ声いい
:好みです
:結婚を前提に
:かわいい
:かわいい
コメント欄を確認する仕草で目が左の方に向いて、安心したようにひと息。
「初めまして。夢黒亡といいます」
にこりと少女がほほ笑む。ポニーテールが少し揺れて、一礼したのがわかる。
「ずっとVtuberを見てきていて、やっぱり私もやってみたい!と思って思い切ってデビューしてみました! わっ、すごい人数……こんなに見に来てくれるなんて思いませんでしたっ」
:うーん、これは清楚枠ですね
:ええ子や……
:この名前に釣られちゃうよな
「では、まず初めに自己紹介からさせていただきますね? 改めまして、夢黒亡と言います。歳は22歳になりました」
:成人済みか
:……年齢も一緒?
:うん、当時が19だからちょうど3年後になるな
:色々気になってきたぞ
「料理を自炊するうちに得意になって今は趣味の一つです。あと、絵を描くのも好きですよ」
:俺の嫁にならないか?
:は、可愛すぎるだろ
:これは女の子ですね、間違いない
「えへへ。お料理はレシピ通りに作れば基本は出来ますからね」
:それが出来ない人の多いこと
:ここでオリチャ―をひとつまみっと……
:アレンジをするな
「ずっと見てきたと先ほど言った通り、昔からこの世界に憧れていたんです! 視聴者としても古参なんですよ? 今でも戦隊のみなさんは第一線で活躍されていて……本当にすごいなって」
キラキラとした目の差分になる。
:キラキラ目かわよ
:彼女たちのおかげやからなぁ
:いや、そんなそんな……《木南みかん》
:改めて言われると照れますね《モモchannel》
:本人おるんやったわ
:末永くやれ
:現役のVtuberも彼女たちのことを見て、っていう人いっぱいいるよね
「すっごく頑張ってるなってずーっと見てました。そうしたら、やっぱりそろそろVtuberしたいなって」
眩しいものを見るように儚く笑う。
:行動に移せてえらい
:やりたいって言いながらやれない人の方が大半だもんなぁ
:古参なんやな
:そんな亡ちゃんの推しは?
「推しですか? 戦隊の推しか~……」
むむむ……と難しい顔をして固まる。
:むむむ……《モモchannel》
:むむむ……《木南みかん》
:仲良しか?
:これって、てぇてぇ!?
:本人がいる状態で推しを選ばないといけないのハードルが高すぎやしないか?
「やっぱり初代の初瀬茜ちゃんは特別ですよね。きっかけですし、全部の始まりですし」
:うーん、これは正解!
:レッドは伊達じゃない
:茜ちゃんなら許しましょう《モモchannel》
:あの人に対してちょっと文句は言えないかなぁ《木南みかん》
:なんか恐れられてて草
:まあ、世界のリーダーだし……
:私を何だと思ってるのかな?《初瀬茜/Hatsuse Akane》
:ヒエッ
:おるやんけ!
:なんでいるんだよ……
「わっ、茜ちゃんまで! すごいですね……なんか、注目され過ぎて緊張しちゃう……」
ふるふると震える
:そりゃ新人に対してこんなに見られてたら緊張もするわ
:超大型新人過ぎる
と、言う中でノイズが画面にかかっていく。
「あれ、なんか画面変かも……」
:あれ、トラブルか?
:ノイズって何事だ
:なんだ、何が起きる?
「ごめんなさい、ちょっと直るか試してみますね?」
そういうと待機画面に変わる。
:初配信らしいトラブル
:ほんとにござるかぁ……?
ジジ、ジジ……と画面のノイズは増えていくばかり。すると、突然「パリンッ」と画面が割れる
:!?
:何!?
「なーんてなぁ!」
:ヴッ《木南みかん》
:この声は!
:声オタが死んだ!
割れた画面の先には、黒のジャケットに、短めの黒髪、そして赤い眼の男性がいた。
「ようこそ亡者諸君! 夢黒亡の配信の再開だ!」
:キタキタキタキタ!
:待って、聞いてない!《モモchannel》
:とんでもねぇ、待ってたんだ
:声よすぎ、無理《木南みかん》
:キャラ崩壊してるベテランしかおらん……
「ってことで、色々な説明からしていこうか」
いたずらが成功した悪ガキのように嬉しそうな声で笑った。